- 第二夜 -

「入れていただけますか」

 そう尋ねながら、詩人は酒場の戸をくぐった。

 人々はおどろきもしたが、また、さもありなん、というようにうなずきもした——あのような若者が、夜魔ごときに襲われていのち絶えるとは思えなかったので。

「月がほそくなってきたので、夜道をたどるのは難しいですね」

 そういう声は、楽しげですらある。

「なにをしに来た」

 まず口をひらいたのは、昨夜と同じ青年であった。沙漠を思わせる、乾いた黄色の髪をしている。顔は影になっていて、はっきりとは見えない。

「昨夜も申し上げたでしょう」詩人はかるく肩をすくめた。「わたしは祭りに呼ばれるのです。そういう性分なのかもしれないな。それに、娘さんに物語のつづきをお約束しましたし」

 彼はそういって、酒場中に視線をさまよわせた。

「そうよ」娘が進み出て、昨夜詩人が腰をおろしたテーブルに、自分が座っていた椅子を寄せた。「さあ、はやくつづきを教えてちょうだい」

「……と、申されておりますが」詩人はそういって、如才なく微笑んだ。「いかがでしょう。みなさま、それをお望みで?」

「やれ」

 と短くひとことつぶやいたのは、あの老人だったろうか。

 詩人は一礼すると席につき、あの優美な楽器をとり出した。娘はそのすぐ横にちゃっかり座りこみ、詩人の指の動きに見入った。

 彼の指はほそく、爪先はまるく整っていた。その動きにつれて、ふとほのかに薫ったのはなんの薫りであったか——それに気づいたのは、かたわらにいた娘だけであった。

「香油をつけているの?」

 彼女が尋ねると、若者は首をかしげた。

「え……? ああ、北の高原に咲く花の薫りでしょう。昼のあいだ、その花に埋もれて眠っていたから」冗談とも本気ともつかぬ顔でそういうと、詩人は袖のあいだから一輪の花をとり出し、娘の髪にそっとさした。「ほら、やはりあなたの髪の方が美しい」

 それは、見たこともないほどうすい花弁の黒百合であった。

 娘が髪からそれをとり、眼をまるくしてながめているうちに、彼は居住まいを正し、ほかの人々に向かって微笑んだ。

「では、物語の別の結末を」