- 第三夜 -

 その夜、詩人はすこし遅れてあらわれた。

 みごとな黒髪を、今宵は布で巻いてひとつにまとめ、それを大粒の翡翠をあしらったピンでとめていた。

「遅くなりまして」

 にこやかにそういうと、長衣の裾をかるく手ではたき、縫い目やひだのあいだにたまった砂を落とした。

「流砂にでも落ちたの」

 娘がたずねた。すでに、中央の卓について彼を待ち構えている。

「遺憾ながら」と詩人は答えた。「おっしゃるように、黄色い砂の渦に落ちてしまいました。それで、このように遅れてしまったのです」

「まあ、よく脱け出られたものね」

 娘は感嘆の声をあげた。ほかの人々も、かすかにざわめいた。

「うまい具合に」

 そういって、詩人は微笑した。

「そのまま呑み込まれてしまえばよかったのに」

 まじめな声で、黄色い髪の若者がいった。彼も今宵は光のあたる中央近くに陣取っている。

「おや、口の悪いぶんだけ顔がいい」詩人は目をまるくして、つぶやいた。「それともこれは、世をはばかる仮面であろうか」

 ごく低い声でいったので、その声を聞いたのは、ひとり星の瞳の娘のみであった。

「あなたのお顔も仮面なのかしら?」

 彼女がまぜっ返すと、詩人は肩をすくめてこういった。

「残念ながら、はずすことはできません。もしもはずせるものならば、いろいろな仮面をかぶり、夜毎ことなる姿であらわれましょうものを」

「姿はいいから、あなたの声に違う色をのせてちょうだい。物語のつづきを、語り直してちょうだいな」

「みなさま、それをお望みで?」

 楽器をかまえながら詩人はたずねたが、もとより返事は期待していなかったものか、ほとんど間を置かず、次のような物語を語りはじめた。