「なぜ、知っている」
魔王の面は、ゆっくりと問うた。
詩人は白粉のせいで仮面めいた顔に、ゆっくりと微笑を浮かべた。
「なぜ? そんなことはどうでもいい」
「では、なにをしに来た」
「なにも。ただ、祭りを見に来たのだ」
「……ならば、そなたの望みはかなえられた。行け、ここではないどこかへ」
「もしも……」彼は黒真珠のピンを襟もとから抜いた。それは、さいしょに見たときよりも色褪せて見えた。「もしも、おまえがわたしをすんなり受け入れていれば、わたしもただ祭りを見物して、おとなしく帰っただろうけれど」
「我れに逆らうか」
魔王の面の声は、しかし、はじめに口をひらいたときほどの迫力はない。
「わたしの声には魔力があるといったであろう?」詩人はそういって、東の空をさし示した。「ほら、風の精が騒ぎだした」
彼がそういい終えると同時に、突風が彼らのあいだを吹き過ぎた。
地表に落ちていた白い仮面が、いっせいに暗い空へと舞い上がった。
「なにをする!」
魔王の面が、叫んだ。
「なおかがやかしきその声、なお麗しきその顔ばせ、なおきららかなり、美しの仮面」
詩人ののびやかな声が、突風をついてあたりに響きわたった。
風は、ありとあらゆる方向から吹き荒れた——北から南から、西から東から。
そうして風は渦をまき、竜巻となり、すべての仮面を巻きこんで空へと運んだ。
「その呪縛はかたく、そしてまた甘美なること蜜のごとし」
詩人はうたった。
「やめろ!」
魔王の面が空中を矢のごとき速さで飛来して、詩人の首に噛みつこうとした——が、ひときわ強い風にはばまれて、果たせずに終わった。
それは砂をまきあげて地に落ち、こりもせずにまた詩人の喉もとを狙った。が、これもまた風にあおられて失敗した。
「今こそ救済のとき。永き夢より醒めて、黄泉路をたどれ!」
詩人はひときわ大きな声で叫んだ。
すると、上空にひときわ黒いかたまりがあらわれた——それは闇夜よりもなによりも黒い、まったき黒であった。
「さあ、あれは闇の領土へとつづく道。おまえも帰れ、己が主のもとへ!」
みたび、魔王の面は詩人に飛びかかり、風に吹きちらかされた。そして、そのまま竜巻に吸いこまれてしまった。
白い仮面と同じように、魔法の面ははるか上空へと吹き上げられ、やがて、そこにひろがった闇の中へと消えていった。
いくつもの仮面を呑みこんで、黒いかたまりはうすれて消えた。
竜巻もその使命を終え、吹きあげた砂を撒き散らしながら、徐々に弱まっていった。
あとにはただひとり、詩人だけが残された。
彼は、地面のひとつところを凝視していたが、やがてため息をひとつつくと、高い声で歌をうたった。
すると、たちまちのうちに強い風が彼をさらい、沙漠から連れ去ってしまった。