ラヴクラフト全集の第四巻。出てるだけ買ったはずなのに、ほかの本がどこにも見あたらないのはなぜだ。どうしてだ! 同全集1(
*1)、2(
*2)と読んで次に3を読みはじめたはずなのに、途中で見失ってそれきりだし。
- ●宇宙からの色
- アーカム付近に作られる予定の貯水池のため、調査に赴いた私が出会った奇怪な物語。平和だった農場にふしぎな隕石が落ち、言いようのない怪異がかれらを襲いはじめた。関係者のほとんどはすでに死に絶えた、もう何年も前のことだ……。
いかにもラヴクラフトな感じで、逃れようのない方向にじわじわと話を盛り上げていく。うまくまとまった短編。
- ●眠りの壁の彼方
- とある精神病院に連れてこられた、ジョー・スレイターという男は、非常に危険な人物だと言われていた。常人より多く眠り、人の知らないことを喋り、異様な幻影を語り、興奮して人に危害をくわえた。私はスレイターの独特なヴィジョンのみなもとを知りたいと願い、精神波受像装置を作って彼の夢の世界を覗こうとする――
かなり短い。宇宙のかなたからの超生命体というか、いつもの悪神たちではない、もっと明哲な存在とのコンタクトを描いている。
- ●故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実
- 油をかぶって自分の衣服に火をつけるという壮絶な自殺をとげた、アーサー・ジャーミン卿。彼の自殺の原因はなんだったのか。その家系にまつわる狂気の由来は――
これも掌編といっていいだろう。典型的な家系因縁話。今回はコンゴのジャングル由来。
- ●冷気
- 四階建のアパートで知り合ったムニョス博士は、あやしげな叡智の主だった。私はたびたび彼の部屋を訪ねたが、そこはいつも、冷え冷えとした空気で満たされていた――
あからさまにあやしいムニョス博士を中心に据えた不老不死譚。これまた掌編。博士の無念はすさまじかっただろうなあ、と思う。
- ●彼方より
- 友人ティリンギャーストは、彼方の世界を見る機械を開発したという。彼をとめようとしていた私だったが、好奇心には勝てず彼の招きを受け入れた――
これまた掌編。ティリンギャーストの狂気がはじける瞬間がおそろしい。正体不明の化け物よりそっちの方が怖い、個人的には。
- ●ピックマンのモデル
- 世にも悍ましい絵画を描くピックマンは、その唯一の信奉者であるわたしに、彼のアトリエを見せてくれると約束した。入り組んだ街並みを通り、わたしはピックマンの案内でついにアトリエに招じ入れられ、彼の秘蔵の作品を拝む――
なにが起きているかは読者であるわたしにはバレバレなのだが、作品の語り手にとっては「まさか」であり、自分とて実際に身の回りにそういうことが起きれば、やはり「まさか」と思うのだろうなあ、などと考えつつ読んでいた。ピックマンの絵は見てみたいと思う。
- ●狂気の山脈にて
- 南極の調査探検に赴いた人々は、壮絶な嵐に遭遇した。めざましい成果を得ていた別働隊からの連絡が途絶えたことに不安を抱いたわたしは、飛行機でキャンプがあった場所を目指すが、そこで解釈しがたい惨状を目にすることになった――
地面に穴をうがつドリル、地下世界など、なんとなくバロウズのペルシダー・シリーズを一瞬連想した。同じ「秘境冒険」ものなのに、作家の資質と目指す方向性で、これだけできあがりが違ってくるものなのだなあ、となんだかしみじみする。
それはともかく、これは長くて本書のほぼ半分を占める量。短編と呼ぶには既に長すぎるだろう。緻密に組み上げられたストーリー、詳細をきわめる設定、全編にみなぎる緊張感。どれをとってもラヴクラフト渾身の一作であることがわかる。
しかしあまりに力が入りすぎていて、読んでいるわたしまで疲れてしまった。これはエンターテインメントとか「かるい読みもの」ではなく、真剣に読むべき一作なのではないかと思う。ここまでがわりと気楽に読める短編のつらなりだったので、ちょっと出だしでつまずいてしまった。
後半は作品のテンションと読み手のテンションが一致してきたので、一気に読めたのだが。
しかし海百合状生物って。ラヴクラフトの異形の構想、その鵺的な合成の手腕は、古代の人々を髣髴とさせるほど突拍子もない。もちろんこれはホメ言葉。
- ●資料:怪奇小説の執筆について
- ラヴクラフトの手法を本人が丁寧に解説している文章。ああ、この人はちゃんと計算してから書く人なんだなあ。羨ましい。きっと行程に無駄が少ないのだろうな、と思う。
巻末には訳者による作品解題が添えられており、発表当時の雑誌の挿絵や草稿等の図版も豊富に掲載されている。なかなかお得な感じのする一冊。
- *1『ラヴクラフト全集 1』
- 全集1/6。収録作品:インスマウスの影、壁のなかの鼠、死体安置所にて、闇に囁くもの
→感想
- *2『ラヴクラフト全集 2』
- 全集2/6。収録作品:クトゥルフの呼び声、エーリッヒ・ツァンの音楽、チャールズ・ウォードの奇怪な事件
→感想
読了:2001.12.12 | 公開:2002.01.12 | 修正: -