ラヴクラフト全集その2。ラヴクラフトが書いた数少ない長編作品「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」が入っているため、収録作品数は3作。
- ●クトゥルフの呼び声 "The Call of Cthulhu" 1926
- 名のある学者だった大伯父が亡くなり、ぼくは遺産を受け取った。そのなかに、厳重に封印された箱が含まれていた。大伯父が熱中したと思しき一連の新聞記事の切り抜き、奇怪な薄肉浮き彫り。それは、ひとりの青年が見た奇怪な夢からはじまっていた――。
全世界で時を同じくして発生した説明不能な事件の数々。大伯父の足跡をたどり、さらに調査の手をひろげて行くとき、「ぼく」は戦慄の事実を知る。というような話であり、邪神そのものもおそろしいが、邪神の宗徒の方がより現実的な恐怖であるなあ、とぼんやり思った。しかしこの手合いのものを読むたびに思うのだが、復活すると世界が破滅しちゃうような邪神をなぜ拝むのか>邪神の宗徒 まあ、損得計算で崇拝しているわけではないのだろうなあ。
- ●エーリッヒ・ツァンの音楽 "The Music of Erich Zann" 1921
- 昔、下宿していた同じ建物の屋根裏から、ふしぎな音楽が聞こえてきた。それはエーリッヒ・ツァンというドイツ人の老人が奏でる曲だった。ぼくは彼を訪ねてその音楽をぜひ目の前で演奏してほしいと乞う――。
小品だが、なんとなく心に残る作品。説明らしい説明があって最後にオチがどんと提示されるスタイルではなく、全体が悪夢のなかのできごとのようである。
- ●チャールズ・ウォードの奇怪な事件 "The Case of Charles Dexter Ward" 1927〜1928
- 向学の志に燃えた純良な青年、チャールズ・ウォードは、ひょんなことから自分の先祖、ジョゼフ・カーウィンという男が周囲から忌み嫌われ、その存在の記憶自体を抹殺されようとしていたことを知る。ジョゼフ・カーウィンとはいったい何者だったのか。調査をはじめた青年は、しだいに狂気に冒されていったかに見えた――。
長編。読みごたえあり。エリファス・レヴィ(高名な魔術師)だのプラハ(高名な魔都)だのトランシルヴァニア(高名な吸血鬼産地)だの、オカルト/ホラー方面の読者には馴染みの要素が丹念に組み込まれている。丁寧というか、執拗とも思える周到な語り口で編み上げられた、職人芸の光る一作。
うまいなあと思ったのは、主人公が「狂気」と診断されて精神病院に閉じ込められてしまうのだが、その症状が、たしかにオカルト/ホラーの文脈をはずれれば、精神病患者のものとして診断されても無理のないものであるところか。別人になりきる症例は、実際にあるわけだし。誇大妄想狂(自分はナポレオンである等、偉人になりきってしまう場合)とか。現代ではそういった症例は少なくなっているという文章をどこかで読んだことがあるが、ラヴクラフトの時代には、それこそ「病院中に何人ものナポレオンが」ということもあったに違いない。
しかし、結末。呼び出しっぱなしにして、大丈夫なのか……。
以上三篇。ああ、3巻買ってこなきゃ。
読了:2001.06.28 | 公開:2001.07.09 | 修正:2002.01.12