what i read: ラヴクラフト全集 1


書名ラヴクラフト全集 1
著者H・P・ラヴクラフト Howard Phillips Lovecraft
(大西尹明:訳)
発行所東京創元社(創元推理文庫)
発行日1974.12.23
ISBN4488523013

 言わずと知れた怪奇小説の大御所でクトゥルー神話群の創始者であるラヴクラフトの全集。日本で独自に編まれたものなのか、海外で編まれた全集の訳なのか、いまひとつ判然としない。
 しかし、これだけの有名作家の著作が、生前に刊行されたのは一冊こっきり……というのは、かなりおどろくべき話である。

 ちなみにラヴクラフトは高校生から二十歳くらいの頃に何冊か読んだ記憶があるのだが、どれを読んでいてどれを読んでいないのやらサッパリ。この本はたしかに読んだはずと思って手にとったが、読み返してもほとんど覚えていないことが判明。はじめて読む気分で楽しめた。

●インスマウスの影 "The Shadow Over Innsmouth" 1931
 お馴染み、海系改造人間プロジェクト(そんな説明でいいのか、いや、よくない!)短編。近隣の人々に忌み嫌われているインスマウスという街を、ふと思いたって訪問した青年が、次第に追い詰められ、命がけで逃げ出すことになる――。街に隠されていた秘密とは? というあたりは巧妙にボカしつつ恐怖を煽っている。

 最後に用意されているオチが効果的。この短編に限らず、ラヴクラフトは「オチ」を用意する系の作家らしく、しかもそれがみんないい場所にアタっているというか、オチている。お、あの伏線はこう来たか! とラスト近辺でかならず膝を打つ場面がある。うまい作家だなあ、と思う。

●壁のなかの鼠 "The Rate in the Walls" 1923
 米国で生まれ育った男が、自分の祖先が英国にて不名誉な風評を残していることを知り、崩壊した館を買い取って再建したはいいが、その館に鼠のようなものの気配がし、やがて彼は悪夢に悩まされるようになる、という短編。

 若いときに読んだ記憶がいちばん強い。なぜかというと、これを読んでいたとき、ちょうど実家に鼠が出ていたのである(笑)。壁の向こうをこそこそと走り回る音に神経を消耗させられる描写に臨場感がありすぎて困った。猫が天井を見上げて硬直しているのにも臨場感が。残念ながら、西洋中世趣味のお館ではなく、木造二階建のごく普通の日本の民家であるから、ダマスク織りの壁掛けがその背後でなにかが走り回っているかのように蠢いたりはしない。
 しかし、そのへんは克明に覚えていたのに、オチはさっぱり忘れ果てていた。こう落とすのかー。どうもラヴクラフトは逃げられない運命を用意するのがうまい。

●死体安置所にて "In the Vault" 1925
 ブラック・コメディ。とても無神経な葬儀屋が、うっかり死体安置所に閉じこめられて、脱出するために換気穴を拡げることを思いつく。その高さに達するために、置かれていた棺桶(死体入り。だが本人はきわめて無神経なのでまったく気にならない)を積み上げ、その上に乗って作業をするが――。

 これもオチが。ちゃんと伏線が。小粋に決まっている。

●闇に囁くもの "The Whisperer in Darkness" 1930
 奇妙な生物の死体について、新聞紙上で論戦をくりひろげていた主人公のもとに、ある男からの手紙が届く。彼はその奇妙な生物について研究しており、実際にその生物が出没する地域に住んでいるのだった。かれらは宇宙からやってきた存在であり、人間を監視しているという。彼はその生物について知りすぎたせいで、今では命の危険を感じるまでになっているらしい。狂人のたわごととかたづけるには冷静で知性的な文章から、主人公はその男の持っている知識と置かれた状況に興味を持ち、文通をはじめることになる。

 収録作中でいちばんのボリューム。ちょっと引き伸ばし過ぎかなあ、という気がしなくもない。そこまで危険な状況なら、エイクリーさん、さっさと逃げなよー! とどうしても思ってしまうからである。最後の方では、主人公にも、さっさと逃げろー! と本の中に入って行って肩をつかんで助言したくなる、いわば読者すっかり入りこみ状態であり、結果的に作者の勝ち。うぬ、負けた。
 ああ、おもしろかった。昔読んだときは、もってまわったような文章(と当時は感じられたのだ)に辟易し、あまりおもしろいと思えなかったのだが、今読むと、これがいいじゃないですか奥様。
 文庫版全集は全六巻。あと五冊あるのか……。揃えるかなあ、やっぱり。例によって実家の本を読んだので、手元にあるラヴクラフトはこれ一冊きりなのだ。


読了:2001.06.15 | 公開:2001.06.29 | 修正:2002.01.12


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