what i read: 殉教カテリナ車輪


*Cover* 書名殉教カテリナ車輪
著者飛鳥部勝則 Katsunori Asukabe
発行所東京創元社(創元推理文庫)
発行日2001.07.01(東京創元社/1998.09.01)
ISBN4488435017

 例によって、子どもを寝かしつけようとしながらそのへんの本を手にとってそのままダーッと。
 美術館の事務に転職してしばらくたち、ひょんなことから、今まで近づきがたく感じていた学芸員がミステリ好きだとわかった。なにげない、ミステリ好きならではの会話に登場した、
「ふたつの密室にひとりの犯人、というようなケース」
 という例に、学芸員は不意に押し黙った。彼はそういうケースを知っているのだという。
 それから何日かして、学芸員はワープロで印字した文書を持ってきた。早世した画家、東城寺珪の手記を清書したものだという。この中に、彼が言う「ふたつの密室にひとりの犯人」というケースが記されているのだと。
 東城寺珪は、大した画家ではない。わずか数年のあいだに五百点にも及ぶ絵を遺し、本人は燃えつきるように自殺してしまった。そういう画家である。その画家の絵の一枚が、学芸員の妻に似ていた。それで彼は、東城寺珪のほかの絵も見てみたいと思うようになった。ようやく探し当てた絵の一枚は『殉教』というタイトルで、画面右に椅子に座って顔をそむける女学生、中央にはその女学生の素足にほおずりする奇妙な僧服の男、画面左奥にはふたりを見守る赤い服の女、というものだった。その不可思議な光景に魅了され、彼は図像学的にその絵を解き明かそうとする。そして、残されたほかの絵もなんとか見たいと探すが――。
 鮎川哲也賞受賞作。
 応募時に、実際にこの「絵とき」に使われる油彩画が添えられていたらしい。

 謎めいた画家、その画家の死、画家の絵を調べていくうちに判明した未解決の殺人事件の存在、画家が遺した絵の意味とは、そして彼の絵への情熱のみなもとは。
 重層化した「謎めき」に、最初はまったく遠い立場から図像学の手法で接近し、やがてそれが探偵作業のようになり、作家自身の手記に到達してからは、さらにその謎の内側に入りこむ。
 慎重につくりあげられた入れ子構造の物語である。
 こういうタイプのミステリについて説明するのはかなり難しい。入れ子構造であるということの意味をきちんと説明しようとすると、ネタ明かしにふれないわけにはいかなくなるし、そのほかアレについて語ろうとすればコレもばれてしまう。
 うーん。

 佐野さんが欲しがっていた手袋って、なんだったんだろうなあ。
 彼女はきっと、人からもらう手袋で満足できるような女性ではないと思うので。きっと、ありがとうと礼を言うし、手があたたまるまでははめているだろうけど、すぐに脱いでそこに置いていってしまうのではないだろうか。
 それとも、とりあえず手をあたためたかったのか。

 あれこれ考えつつ、絵について。
 以前、『まやかしの風景画』の感想でも言ったが、やはり小説だったら、文字だけで絵が浮かびあがってくるように書いてほしいものだと思う。
 今回の『殉教カテリナ車輪』は、絵の描写がないわけではないし、不足でもない。ただ、実際に添えられた絵(カラー口絵)と比べてみると、やはり文章が負けているように感じた。もっとねちねち描写してくれた方が、わたしの好みであるが、一般的でない好みのような気もするので、今のままでも悪くはないのだろう。
 作中に登場するオリジナルの絵画では、ほかに佐野美香の絵が何枚かあるのだが、実際に「絵」が添えられていない佐野美香の絵についての描写の方が、東城寺珪作品についての描写よりも、心に残るのは、その絵が「すばらしい絵」としてとらえられているからかもしれない。
 ただ、どちらにせよ、ディテールの描写が(わたしの好みより)たりないので、ちょっと残念かなあ、と思った。
 これも以前書いたことだが、絵画の文章的な描写では、やはりアルトゥーロ・ペレス・レベルテの『フランドルの呪画』(*1)が圧倒的な密度を誇っており、今もつよく印象に残っている。文字で絵を見たい(……と端的に説明してしまうと「なんだそりゃ」ではあるのだが)人にはオススメ。

 ミステリとしてはかなりおもしろく、さいごまで一気に読んだ。
 添えられた絵では、やはり『殉教』がおもしろいかなあ。裸足の足がはいていた靴下はどこへ行ったのだろうと考えた学芸員が、もう一方の足に靴下をはいているのは、まさに、裸足の方の足が「裸足」であること、靴下はどこへ行ったのだろうと考えさせるためなのだという解釈に至るところがあって、おお、なるほど! という感じ。
 純日本的な人物で、そのまま西洋絵画のモチーフをやっているところが、アンバランスで、そこがこの絵の面白みであり、物語の説得力(学芸員は「絵とき」をやりながら、西洋絵画で発達したこの手法を日本の絵に敷衍することの意義についても考察している)にも通じていると思う。

*1フランドルの呪画
 贋作と修復、そして一枚の絵に隠された過去の殺人が浮かび上がる。ちゃんとした感想ではないが、『ナインスゲート』と同じ著者なので、その紹介ページにリンクしておく。→感想

読了:2001.10.19 | 公開:2001.10.22 | 修正:2001.12.18


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