さて、ヌーヴェルSFの今月の新刊はなにかいな〜、あ〜、表紙のこの顔は! 金田さんのイラストだわ。中身はバイオSF? おもしろそうですな……というわけで、購入。
京大院生の野辺剛史は、キャンパス内で、途方に暮れた風情の女性と出会った。彼女の名は美奈子というらしい。
手首の包帯に、自殺のためらい傷かと邪推しかけた彼に、美奈子は告げた。
「蝶に噛まれたんです」
蝶が噛むなんてそんな馬鹿なこと、と彼は否定するが、美奈子は強硬に主張する。たしかに蝶に噛まれたのだ、自分の勘違いなどではない、と。
剛史の好奇心が頭をもたげた。彼は昆虫の研究をしている。もし蝶に噛まれたというのがほんとうなら、論文のネタになるだろう。彼が選んだテーマである「カブラハバチ」の研究は行き詰まっていた。ぜひ研究したいので協力してほしい、連絡先を教えてくれとたのむと、美奈子は、医学研究科の小坂に訊いてくれと言う。
当惑しつつ、剛史は「噛む蝶」について調べ始めた。徹夜で科学雑誌などをあたってみたが、それらしい記事はない。とにかく、美奈子に連絡をとろうと考え、同じ研究室の諒子が小坂と会うというのでいっしょに行くことに。
小坂は最近京都で発生している怪死事件の死体を調べているといい、諒子にその調査への協力を依頼しようとしていた。諒子はにべもなく断ったが、とり残された剛史に、今度は白羽の矢が立った。原因不明だからこそ科学者が調べねばならないのだ、犠牲者をこれ以上増やすわけにはいかない、学科の違いなど関係ない――小坂の言葉にほだされた剛史は、サンプルを見せられることになる。
なにがどうなるのか知りたくて、一気に読んでしまった。
作中の遺伝子系の解説はほとんど読みとばし。作者のかたには申しわけないが、昔っからSFを読むときはたいがいこんな感じで読んでいるので、ああ、SF読んでるなあ、という妙な実感が。変かも。しかし、そう感じたのである。
噛む蝶、出血熱様の症状(いわゆるエボラ等)、遺伝子の分析――ほんのわずかの時間のあいだに、みるみる事件が解明されていく。きちんと理解しないままに読む不良読者にも、なにかが起き、転換的な発想があり、異様な事態に説明がつけられていくことはわかるので、読んでいて気もちがいい。
そうでなければ一気に読んだりしない。
ただ、キャラクターの描きかたにはもうすこし工夫があってもいいかと思う。あくまでわたし個人の好みレベルでの話だが、小坂の魅力がたりないかなあ。カリスマ性を感じないのである。彼にカリスマを感じられれば、物語全体の展開にもっと説得力が出たように思うので、惜しいなあ、と。
ドクター・インセクトの出現も、伏線がないわけではないのだが、剛史や諒子と直接からむシーンがあまりにも終盤になってからなので、どうも唐突な感が残るようだ。
美奈子についても最初は不満があれこれあったが、終盤の迫力は彼女の自己陶酔型純愛あってこそなので、今の描写で正解なのだと思う。こわすぎます美奈子さん……。
情景描写なども、もっと凝っていいと思うが、ここまでくるとさらに個人的な好みの問題かなあ。キャラクターの心情や行動も直接的な表現が多かったので、そのあたりも、わたしの好みから言えばもうひとつなにか欲しいところである。
……と、いろいろ書いたが、お話が気に入ったからこそ、あれこれ言っているということで、どうか許してくだされ。これはもう日常がエスエフじゃん! というような研究室のようす、雰囲気、かれらの扱う知識、技術、倫理問題。そういったあたりには圧倒される。
だいたい、言われてみれば当たり前のことなのだが、研究棟がそんなに頑丈にできているなどまったく考えも及ばないことであり、目から鱗である。
この著者の本を読むのは、『白隼のエルフリード』につづいて二冊めということになるが、比べると、『イマジナル・ディスク』の方が断然おもしろいと感じた。
この調子で、「サイエンス・フィクション」の「・」の部分を書いていって欲しいと思う。
読了:2001.10.18 | 公開:2001.10.21 | 修正:2001.12.18