ノン・フィクションというか業界内情本というか。
巨大掲示板「2ちゃんねる」(
*1)で発掘された逸材。公務員をドロップ・アウトした現役ホストが、ホストの生活について語る……。
というわけで、ぱっと見はかなりキワモノっぽい本だと思う。なんで妹尾さんがこの本を買って読んだのだろうと首をかしげられるかたも多いかもしれない。
なんで?
それはわたしが「2ちゃんねる」の当該スレッドの愛読者だったからである(笑)。
今さら「2ちゃんねる」をご存じないかたも少ないと思うが、念のため、簡単に説明しておこう。一般に、ウェブ上の掲示板に書きこみをすると、ホスト側が、その書きこみをした人物のアクセス情報を保存する。いわゆる「アクセス・ログ」というものである。どのプロバイダのどのアクセスポイントからアクセスしている人物が書きこんだものか、が特定できてしまうのだ。もちろん、そのデータを見ただけで、いきなりナニ県ナニ市ナニ町何丁目何番地の誰某さんだ! とわかるようなものではないが、なにかがあったときに、本気で調べれば、それが誰だかわかってしまうわけである。
ただし、その「なにか」とは警察に訴え出られるような規模の「なにか」でなければ、たぶん先方のアイデンティファイは難しいので念のため。
……そのように、一見匿名でもウェブ掲示板は完全な匿名性を確保できる場所ではない。しかし「2ちゃんねる」は「アクセス・ログをとっていません」というかたちで、匿名性を確保してきた。自分の正体がバレないとわかっていれば、人はいろんなことを告白できる。隠されていた真実であるか、根も葉もない嘘であるか、それは見た人がおのおの判断するしかない。
そういう場所が「2ちゃんねる」である。
(但し、西鉄バスジャック事件の予告がこの「2ちゃんねる」で行われていたという一件があってからは、アクセス・ログを保管するよう警察からきつく言われたとかで、それ以降のぶんについては記録されているのでは……という噂もあるようだ。わたしは詳しくは知らない)
とにかくジャンル別にこまかく分かれているのだが、この掲示板を楽しむコツは、「自分自身の専門分野にはさわらない」ことだと思う。なまじ自分の仕事に関連するところを見ると、「そうじゃないって」とか「信じるなよおい」とかツッコミたくてたまらなくなり、さりとてツッコめばそれで万事解決かといえばそうでもないことは書く前からわかりきっているわけで――要するに、いらぬストレスがたまってしまいがちなのである。
「2ちゃんねる」の情報を信じる人は自己責任で信じるしかなく(間違っていたときに怒鳴り込んでも相手が不明では、信じたあなたが間抜けでしょう、という世界なのである)、そこに流れている不確定情報にいちいち目くじらをたててもしかたがないのではあるが、やはり見てしまうと気になる……というのが人情だろう。
だから、そういうところは見ないか、見ても入れこまないように心掛けるようにした方が、精神衛生上はよいかもしれない。わたしの知っている範囲でも、たとえば作家であれば、自分の作品がとりあげられそうな場所は見ていないという人が、けっこう多い。
以前はともかく、今年中旬以降の「2ちゃんねる」は、もはやアングラというには一般化しすぎた場所であり、ある程度の密度でネットにつないでいる人であれば、知らない方が不自然と言うべきかもしれない。
そういうわけで、自分の仕事とは無関係で、たのしい場所はないかなあ、とふらふらしていたときに、偶然このスレッドに行き当たったのである。場所は「人生相談」。スレッドのタイトルは「友だちがホストにはまって困っています」とか、そんな感じだったと思う。
スレッドを立てたのは女子高生で、友人がホストに本気で惚れてしまったのだけれど、騙されているんじゃないだろうか、どうしよう……というような内容だった。適当なコメントがいくつかついたあと、17番に本職ホストからのコメントがつく。
その17番が、本書の著者である沢村氏だったのだ。そしてそのまま「17」という初回発言番号をそのスレッドでの固定ハンドル代わりに、すっかり常連化してしまったのである。
職業が水商売ということで、やっかみ、嫌がらせ、嫌悪、排斥系の発言を浴びせられることも多かったのだが、それを実にあざやかに、さらりとかわす。無視するでなく、馬鹿にし返すでなく、まあいいじゃん、気にさわったらごめんね、でもいっしょに遊んでいかない? みたいな。
すごい!
今までにわたしがネットで見たなかで、いちばん「煽り」の扱いがうまい人物。それが17氏であった。
煽り相手とはまた別に、こんなの無料でやっていいの? というくらい、さまざまな人の相談にきちんと答えているし、その回答内容は押しつけがましくなく、納得のいくものである。最初は反抗的に書きこんでいた、癖のある書き手が、いつのまにか17さんの舎弟(笑)のようになついているというケースが、何回も見受けられた。懐がひろいのである。
そしてまた文章がうまいのだ。ネットは書き言葉の世界だから、どんなに現実の世界で売れっ子ホストであったとしても、そこに書きこむ文章が稚拙であれば、元のキャラクターを生かしきれないのだろうが、17氏はそつのない文章を書く人物でもあったのだ。
ほとほと感心していたところ、出版社の編集者であるという人物が17氏に仕事をもちかけ、お互いに捨てメールアドレスをとって連絡しあい……という経過をリアルタイムに観察してしまった。
その後、自分の仕事が忙しくてそれどころじゃなくなったりして、今では当該スレッドが生き残っているのかどうかも知らないが、当時はほんとうに楽しませてもらった。
以前、『ネカま道』(
*2)でも書いたが、「この人すごいなあ」と思っていると、やっぱり「すごいと思ってたのは自分たけじゃなかった」というパターンになるなあ。つくづくと。
『死体観察日記』(
*3)も感心して読んでいたら本になっちゃったみたいだし、『絶望の世界』(
*4)もiモード版有料化のうえやっぱり出版もされるようだし(でも『絶望の世界』はなあ……。あれはモニタで読むからこその臨場感という面が大きいと思うので、出版には懐疑的だ、わたしは。iモード化はよいアイディアだと思う)。
「あー、やっぱりなあ」
と、思ってしまうのである。
なんだか話が大幅にズレたが、そういうわけで『ホストの世界』なのである。
これを読んではじめて、17氏ならぬ沢村氏がなぜあんなに達者な文章を書くかの謎がとけた。
彼はまじめに勉強をして中学を受験し、いい高校に入ったのだそうだ。が、高校二年生のとき、不意に転機が訪れて、自分の今までの人生をバカらしいと感じるようになった。それで、毎朝校門前の本屋で単行本を一冊買い、授業中に読み終えてそのまま捨てる(!)というゴージャスな読書人生に突入したらしいのである。読書にあらたな楽しみを見いだしたわけではなく、単に「たいくつな授業中の暇つぶし」として本を読み漁っていたため、当然チョイスにこだわりもなく、なんでも片端から読んだというからすごい。
ああ、それでこの文章力なのか、と深く納得した。この本を読んで、こんなところに感心しているのはわたしひとりかもしれないが、一日一冊、しかも妙に本が増えると親に疑われるだろうから学校帰りに捨てていくというのがスゴい。うわー。
本書においても沢村氏の文章は相変わらず達者であり、その「押しつけがましくなく、人あたりがよく、根底はクールだけど、相手が求めるものを察知してサービスする気配りはこまやか」というスタイルはそのまま、ホストの生活とは、いやまさにタイトル通りに「ホストの世界」とはどんなものかを書き綴っている。読みやすく、かつ心に残る内容。とんでもないと思ったり、ばかばかしいと笑ったり、ちょっとしんみりしたり、人情に訴える力もある。
ちょっと読みたりない程度のボリュームにおさえられていると感じるのは、わたしが生っ粋の本読みだからかも。ふつうの人には、これくらいでいいんだろうなあ。
まあでも、これを読んでホスト遊びがしたくなったかというと、うーん……。精神的な慰撫については、後腐れナッシングのロマンス小説と少女漫画の方が安上がりだし。
ホスト遊びにはお金がかかりそうだな、と思いマシタ。マル。そういうわけで、沢村氏のリアル店舗に遊びに行くのは無理でも、まあ一冊。印税に貢献。
- *12ちゃんねる
- 文中で説明しているが、巨大匿名掲示板。なんだか最近サーバを転々としているふしもあるので、リンクはしない。検索すれば、すぐみつかる。
- *2『ネカま道』
- ネット・オカマとして男性を騙している男性の活動記録。セクハラ男性等にムカついたときにここを読むと爽快感が味わえる(笑)。……と思ってたまに読みに行っていたら、単行本になっていた。以前、ダリアン・ノースの『蝶のめざめ』の感想を書いたときに、なんとなく話題がスライドして取り上げた。→サイト
- *3『死体観察日記』
- サイトは閉鎖。葬儀屋のバイトをしている女子大生が、飄々とした筆致でバイト先での体験をおもしろおかしくレポートしていたのだが、そのー、ふつうの人なら「おそれ」を抱くはずの死体を「おもしろ」く描写してしまったため、ウケる人にはウケたが、批判も集めたのではないかなあ。
「今日の仏さん 死体観察日記」から「今日の仏さん 湯灌日記」にバージョンアップした(バイト先での担当業務がランクアップしたことに関係するようだ)が、湯灌日記の方はすぐに終わってしまった。
本の方も、amazon.co.jpでは在庫切れのようだ。
- *4『絶望の世界』
- 登場人物が次々と狂気の世界に突入していくおそろしいウェブ日記……の形式を借りた小説集。どんどん増えている。モニタで読むからこその臨場感と、なんだかこちらに伝染してきそうな不安感。出版はまだ予定だけのようで、書誌情報の掲載はない。→サイト
読了:2001.10.17 | 公開:2001.10.29 | 修正:2001.12.18