what i read: くくり姫


書名くくり姫
著者佐々木禎子 Teiko Sasaki
発行所角川春樹事務所(ハルキ・ホラー文庫)
発行日2001.10.18
ISBN489456940X

 いただきもの。佐々木さん、ありがとうございました。新刊刊行おめでとう、待ってました。
「くくり姫」とは謎の姫神の名である。『古事記』にはあらわれず、『日本書紀』にのみ登場する「菊理姫」――黄泉の国と現世との境にあらわれ、方々で信仰されているにもかかわらずその正体が判然としない。一説には首をくくるの「くく」がその名になっているのだとか。
 綾香はまだ十一歳である。家で留守番をしていると、父が帰ってきた。綾香は父の書斎に入るのが怖い。そこでは父の顔に表情がなくなる。さあ、と父は言う。
「時間がないんだ。はじめよう」
 実の父である。それが娘に性的な奉仕を強いる。綾香と自分の細胞はつながっているんだ、呼びあっているんだ、だからこれは自然なことなのだと父は言う。綾香はそれを否定できない。否定するだけの材料がない。いやなの、と言っても、綾香はそれが好きなはずだと切り返されれば、もうそれ以上は逆らえない。
 だがその日、どうしても我慢ができないと思った。
 それで、綾香は父を殺した。その場にあった果物ナイフをつかみ、やわらかそうな眼に突き立てた。次に喉を切ったのも、そこが無防備に見えたからだ。
 そして逃げだした――無意識に歩いてきてしまった街角で、綾香は運命と出会った。自分も人を殺してきたんだと名告る若い男、シンジと。
 ノンストップ・シリアル・キラーと帯にある(解説の東雅夫氏による)が、まさしくそのもの。
 民俗学的な素材を物語の土台に敷いて、無力な少女と、無感動に人殺しをつづける青年の、行き当たりばったりの旅を描く。もう人が死ぬ死ぬ。しかも痛そうに。
 というわけで、例によってグロ系描写が苦手な人にはおすすめできない一冊。前作の『鬼石』(*1)が大丈夫だったら、平気かなあ……。

 前作での「お裁縫さん」(*2)にあたるのは、大学院生のシンジということになるだろうか。前作では、嫉妬や恨みから彼女がああなってしまったという理由づけがあって、そういうところから、異質ながらも彼女の心に踏みこむことが不可能ではなかった。
 だが、今回のシンジについては、バックボーンがまったく見えない。母親を殺してきたというが、なぜ殺したのかわからない。作中での連続殺人も、なんのために殺しているのかという動機が不明である。
 犠牲者をてるてる坊主風にぶらさげるのが特徴的なのだが、それも、なんのために始めたことかの説明がない(と、思う。先が知りたくて、ばーっと一気に読んでしまったので、もしかして読みとばしていたらすみません)。
 そのように理解をはねつけている感すらあるキャラクターなのに、シンジの行動が理不尽に思えない(いや、殺されてしまった人からすれば当然理不尽だろうが、読んでいて「こんな奴ぁいねぇだろう」と思えないという意味だ)。彼の殺人衝動は、キレやすい若者が暴力を表出する、その極端な形態のひとつのように見えるからかもしれない。
 衝動的、というのがシンジをあらわす究極の一語のような気がする。彼はしかし、衝動の原因を外に求めない。自分の責任だとわかってやっている。だからこそ、この連続殺人犯は奇妙に魅力的なのだと思う。

 この一種独特なキャラクターであるシンジと、幼いヒロイン綾香のコンビが、絶妙なのである。綾香が拠り所を失い、自失の状態に陥っていたとき、彼女を拾い上げたのはシンジであった。父を殺してしまった事情を綾香が説明すると、シンジはこんな風に言う。以下、本文p.43より引用。
「いいか。大切なことだ。よく聞けよ。たしかにおまえの親父は殺されて当然だった。だから殺したおまえをおれは責めない。だけど殺して当然だったからって、おまえが父親を殺したってことをなかったことにはできないんだ。殺したってことは受け止めなくちゃだめなんだ。これはおまえがまだ小学生だとか、女だとか、そんなことも関係なしだ(以下略)」
 シンジ、いいこと言うなあ。
 こう言われて綾香もまた、おまえには罪がないと言われるより、やって当然のことでも、それをやったという事実を受け止めろと言われたことに、ほっとする。
 この台詞があったからこそ、綾香はシンジについて行くことに迷いがなくなったのではないだろうか。
 十一歳で、親を殺したばかりで、心は疲れきっているはずだ。これからどうすべきかなんて、判断しきれない。大人にだって困難なことだ。
 シンジはシンジだからそれができる。そして綾香がシンジについて行くことにしたのは、そうすることが楽だから――自分で考えなくて済むからでもあるのだが、しかし、考えなくて済めば、どんな判断をされてもかまわないというわけではないはずだ。

 そして、互いにやんわりと依存しあった関係をつづけながら、終盤の舞台へと移動していくわけだが、えー。どこまでなら書いてもネタバレにならないだろうか。
 途中から何度も出てくるからこれはいいかな。「願いをかなえてやろう」というキー・ワード。
 謎の姫神の出自を考えればおのずとわかることだったのだが、勝者の行為の方に気をとられていたので、あっさり騙されてしまった。でも、こういうおどろきはステキだ。
 巻末解説に書かれたように、たしかにこれは「お友だち」の物語なのである。時代が変わっても、けっして消滅することのない、今も尚姿を変え、形を変え、生きつづけている「お友だち」の。

 あと、個人的には、最後の喉。首。色っぽいなあ。綾香が途中で髪を切ったシーンから、こう引いてくるか。読み終えて本を閉じると、カバー・イラストの少女のすんなりとのびた首にどうしても目がいってしまって、じんわりと効いてくるのである。
 カバーはヨコタカツミ氏。妖しく美しく渋く。


*1鬼石
 同じくハルキ・ホラー文庫から出た佐々木氏の著作。思春期ホラー。わたしはかなり好き。→感想
 ◆『鬼石』VS『NAGA』対談……佐々木禎子氏とのメール対談◆
(1)http://www.egroups.co.jp/message/f_bookshelf/27
(2)http://www.egroups.co.jp/message/f_bookshelf/31
(3)http://www.egroups.co.jp/message/f_bookshelf/34
(4)http://www.egroups.co.jp/message/f_bookshelf/36
*2 お裁縫さん
『鬼石』に登場する怖い人。死体を使ってお裁縫をするので「お裁縫さん」と勝手に名づけたところ、よそさまのサイトでも「お裁縫さん」と書かれるように。「お裁縫さん」は最上級に怖いキャラである。そうなった理由はわかっても、メンタリティは理解できないというかしたくないというか、こわい(笑)。シンジにはまっとうな人間っぽい瞬間があるけど、「お裁縫さん」は徹頭徹尾「お裁縫さん」だからなあ……。

読了:2001.10.16 | 公開:2001.10.18 | 修正:2001.12.18


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