文庫オリジナル、恋愛小説短編集。……しかし、これはふつうのイメージでいわゆる「恋愛小説」ではないと思う。たしかに「超」かも。
- ●「書くと癒される」
- ものすごくストレートなタイトル、そして内容もある意味ではストレート。役に立たない人間に居場所はあるのだろうか、という問い。電車のホームから身を投げる人々。わずかな波紋が生じるだけ、なにも残らない。そういうところから始まって、漫画喫茶で知り合った、ふしぎな、生真面目な会社員の話、ものを創ることその意味そのカタチその行為。いい話。わたしは好きだ。
初出:「週刊小説」1999年8.14号、9.3号/実業之日本社
- ●「ワンダラー ――さすらい人」
- やる気のない主人公の不幸な過去半生と、彼の金目当てに寄ってきているように思われる女とのふしぎな会話とか。この最後の会話の部分が実によい。1997年の時点では、まだ「社畜」産みだすことに意義があったのだなあ、と思う。2001年の今は、会社は人員を切り落としていくことの方に熱心だ。変なところで時代を感じてしまった。
初出:「週刊小説」1997年12.12号/実業之日本社
- ●「踏ミ超エテ」
- 願望充足してくださいとの依頼にこたえて書かれた短編とのことで、まあ、そういう話。自分なら願望充足してくださいと言われたら、どんなものを書くだろうかとしばらく考えたが、さっぱり思いつかなかった。
初出:『チューリップ革命』2000年1月/イーストプレス
- ●「不思議の聖子羊の美少女」
- おたくネタ満載のすごい短編。お笑い。SF系おたくとオカルト系おたくと優雅な美少女の皆様が、突如襲ってきた恐竜たちの前に団結して……ってそんな話じゃないのだが。
初出:『侵略!』1998年2月/廣済堂文庫
- ●「13」
- この短編はファンタジー系読者にウケるものと思われる。なぜならわたしのそういう部分を刺激したから。大原氏の作品には、「文化人類学系のディテールを備えた世界観を提示する、あまりSF臭くないSF」というパターンにハマるものがたまにある。複数の種族が暮らしていて、文明の質が我々のそれとは異なっていて――要するに「違う世界」を描きだしているから、その世界の遠さが「ファンタジー」の持つ魅力と近くなるのだと思う。
そういった世界観もさることながら、盲目の異種族の捨て子が富裕な家のお嬢様と暮らし、そこにあるかなきかの気配を感じるという物語、世界を流浪してあやしげな物を売ったり音楽を供したりする新浮遊族という設定に完全に魅了された。いいなあ、これ。
かなり好き。
どことなく氏の初期短編集(傑作)である『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』を思いだす。とくに共通点があるというわけでなく、ただ、雰囲気として。それは次の「サイコサウンドマシン」にも言えることで、こちらはもうすこし明瞭に、同短編集に収録されていた「愛しのレジナ」を連想させる部分がある。
初出:『血』1997年9月/早川書房
- ●「サイコサウンドマシン」
- この短編集の核であろう物語。リラクゼーション用に開発されたサイコサウンドマシン――専用に開発されたAIが精神分析を行い、人の心のトラブルを解消する。その被験者にと本社から研究室に送られた主人公は、ここに送られてくるのはリストラ対象者だと聞かされる。このマシンはすばらしいよ、会社がくれる最後のご褒美だよ、という言葉をききながら、愕然とした主人公はマシンに入る……。
大原氏の作品にある「心理学もの」パターンのひとつ。古くは、たとえば『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』に収録されていた「愛しのレジナ」とか。精神分析による、心の深奥からたちあらわれる原初的なイメージ、個人的なコンプレックスにもとづいたイメージから元型的、普遍的なものまで。とりどりに組みあわさって、人の心を描きだす。
ラジオドラマの原作だそうだが、すばらしい出来栄えであろう。実際、ラジオドラマの方もギャラクシー賞とやらを受賞し、CD化もされているらしい。
初出:「SFマガジン」1998年2月号/早川書房
個人的な趣味では「13」「サイコサウンドマシン」「書くと癒される」あたりが、かなりオススメ。
読了:2001.10.16 | 公開:2001.11.28 | 修正:2001.12.18