睦美は化粧品会社のマヌカンである。生まれは東北、思いきって就職した憧れのエクリュ化粧品で、勤務先は渋谷ではどうかと打診を受けたときには夢ではないかと思ったものだが、渋谷は渋谷でも、薬局勤務。デパートやファッションビルなどの激戦区に配属された同期の誰かさんたちに置いていかれる気がしていた。冒頭からフル・スロットル。久美沙織テイスト全開なので、好き嫌いははっきり分かれるだろうと思うが、たしかに、マジの本気で恋愛とはなんぞやに立ち向かっている物語である。
いつのまにか、薬局の雑務も引き受けさせられる日々。通りに酔っぱらいが吐いたものの始末まで睦美の仕事なのだ。化粧品コーナーだけが担当のはずなのに。その日もゴム手袋をはめて勇ましく吐瀉物に立ち向かった睦美は、交通事故を目撃してしまう。ひき逃げされたバイク。倒れた青年。派手に走り去る銀色の乗用車。通りの向こうにセダンが停まり、やはり事故を目撃していたと思しき男性が駆け寄ってきた。倒れた青年を励まし、携帯電話で一一〇番して……。
睦美はあっけにとられていたが、暫くしてようやく気がついた。この彼は、斜向かいのオシャレなレストランから出てきた夢のようなカップルの――それは美しくゴージャスな女性と、彼女が寒がったとたん、待っていたように肩からパシュミナをかけてあげる仕草が、「ああ、恋愛中って感じだなあ」と睦美を羨ましがらせたふたり――その、男性の方ではないのか?
間近で見れば彼は睦美の初恋の人によく似ていた。いや、似ていない――ううん、似ている。事故のショックで混乱しつつ、これは彼とお近づきになるチャンスだと舞い上がった睦美は、次の瞬間には地の底まで落ちこむことになる。同じセダンから、ひとりの女性が降りてきたからだ。勿論、パシュミナをかける男性がいるからには、かけられる女性もいるのである。
しかし、その場の勢いで、睦美はそのパシュミナ――レイカの家まで行くことになってしまった。
読了:2001.10.15 | 公開:2001.10.17 | 修正:2001.12.18