映像作家、岩井俊二氏による人魚伝説。巻末解説は荒俣宏氏。これ以上ないというくらい、ぴったりの人選かと。
ダーウィンと同じく進化論を唱え、いや、むしろダーウィンよりもみごとにその論を完成させた人物であるのに、論文を共同で発表したため、副次的なかたちでしか名前を残し得なかった学者、アルフレッド・ウォーレス。彼は『香港人魚録』という奇想天外な書物を著していた。香港で香具師から人魚を買い求め、その人魚の子を育てたというのだ。無論、それは学会では黙殺された――。
2012年、セントマリア島。イルカの研究をしていた研究者たちは、遭難した船を助けようとして、偶然、人魚をとらえてしまう。しかしその人魚は企業の手によって誘拐されてしまった。
2015年、沖縄でダイビングを楽しんでいた大学生たちのグループが遭難した。絶望的と思われていた行方不明者の中から、最後に発見されたふたりのうちのひとり、海原密(ひそか)は、奇跡的に無事だった。漁船の網にかかったとき、彼は死んだものと思われていた。だが、生きていたのだ。三ヶ月ものあいだ海にいて無事だった彼の身に起きたことは、いったいなんだったのか?
時代を超えてからみあう人魚伝説の真実を追って、今、物語は動きだす。
というわけで、人魚もの。簡単に評すると、ものすごーくとっつきが悪く(導入部が地味すぎるし、主人公が特定しづらいので入りこみにくい)、ようやくとっついたかと思うとまた突き放され(時間がとび、空間がとび、登場人物すら共通しない場面に放りだされる)、何回かもう読むのをやめようかと思った。
しかし、最後まで読んでみたらアナタ。これがおもしろいじゃァありませんか、という感じである。
人魚伝説の展開のさせかたなど、堂に入ったもので、読んでいてわくわくした。
問題なのはやはり、とっつきの悪さではないかと思う。キャラが揃ってからの後半は、勢いよく読めたので。
密を主人公に、わけがわからない遭難事件からの奇蹟の生還事件からはじめて、彼に今までの事情を明かしていくというかたちにでもなっていれば、もう少し、入りこみやすかったのではないかと思うが、それはそれで説明だらけという風情になってしまうかもしれない。うーん。「設定のおもしろさ」をうまく引きだしていくための話運びは、難しそうだ。
要するに、物語のおもしろみの大部分が複雑な設定を前提として成り立っているため、必然的に長く、かつ説明的になってしまう。それをどう読ませるかということを考えると、この「とっつきの悪さ」には、まだ工夫のしどころがありそうな気がする。しかし、では具体的にどのように構成すればよいかという話になると、うーんと唸ってしまうわけである。
などと、他人様の作品で悩んでいてもしかたがないのだが、やけに身に覚えのある悩みだと思ったら、導入部がのろのろ、終盤がジェットコースター、というこのバランスはひょっとして。ひょっとしなくても。拙作に近いのでは!?
そ、それでまじめに悩んでしまったのか。「のろのろ」の導入部がまた伏線だったりするし。ああ、こういうのの処理のしかたを考えねばならんのよわたしも……と、さらに個人的な懊悩方面に感想がシフトしていくので以下省略。
お話としてはおもしろかったが、ややグロテスクなシーンがあり、変形、流血、バラバラ系に弱い人にはオススメできない。
美少女人魚・鱗女の物語のあたりなどは、清澄な、それでいて人間とは異質な者の見る風景がみごとに描写されていて、わたし的にはツボを突かれた感じだが、これもまたグロと紙一重の部分に踏みとどまっている感じなので、人によっては駄目かもしれない。
でも、おもしろかったなあ。
人間でないものが、人間でないものらしく書かれている小説。そういう傾向のものが好きな人に、オススメ。
amazonのカスタマーレビューが、これを書いている時点で一本掲載されている。星五つ。わかるなあ、この感想。後半はたしかにとてもよくて、最後まで読み終えると、澄み渡った気分になれるのだけれど……。前半がなあ。しかも、分厚いのだ(500ページ超)。
トライするなら最後まで。ぜひ。
読了:2001.10.13 | 公開:2001.10.17 | 修正:2001.12.18