what i read: ハーツ ひとつだけうそがある


書名ハーツ ひとつだけうそがある
著者松井千尋
発行所集英社(集英社コバルト文庫)
発行日2001.10.10
ISBN4086000229

『東方ウィッチクラフト ―螺旋舞踏―』(*1)と同時ラインナップのうちの一冊。コバルトって毎月こんなに本が出てるんだなあ。十二冊。少女読者は、コバルトだけ読んでいれば、ほぼ一ヶ月もってしまうのかも……。
 あ、でも、おこづかいの関係でぜんぶは買えないのかな。
 テルは高校一年生。二回め。しかも、やる気なし。
 ほとんど登校もせずにバイトで暮らしをたてていたテルは、バイト先のオーナーの息子・了に声をかけられた。高額の仕事があるのだが、引き受けてくれないかという。詳細は、引き受けてからでないと教えられないとも。
 それは、了の遠縁にあたる少女のもとに、了の弟でテルの中学時代の同窓生、周平として赴いてくれないかという依頼だった。
 少女の名は真純。やはり高校生なのだが、心臓の病気を抱えており、このままでももう何年と生きられない。近々手術をする予定だが、その成功率も高くはない。
 真純は、幾度となく了と手紙のやりとりをしていた。はじめは周平に届いた手紙だったが、弟は子どもの頃すこし遊んだだけの真純のことなど忘れ去っており、手紙に返事など書かなかったのだ。了は親切のつもりで真純に返事を書いた。すると彼女からまた手紙が届く。周平くんはきっと頭がいいのでしょうね、かっこよくなっているのでしょうね、運動も得意かな? 了はいちいちそれを肯定してしまった。
 周平自身はテルより頭がよかったはずだが、しかし、女の子にやさしくするような性格ではない。そこで、バイト先でひとあたりがよく、それでいて一定以上は人に近づかないタチであり、まがりなりにも周平本人を知っているテルに白羽の矢を立てた。
 遠からず死ぬであろう真純に、つかのまでも、憧れの周平とともにいられる日々を与えるために。
 うーん、と考えこんでしまった。
 お話はおもしろかった。入りこんで読めたし、文章のセンスがいい。わたしはこういう文章が好きだ。
 やっぱり、コバルトの新しい人の文章を読むと、ああ、若いんだなあと思うなあ。……的感慨は措いておくとして。

 おそらく、上記の設定だけ見ると、そんなつくったような話は嘘っぽいと思う人もいるのかもしれないと思う。それはたぶん、「妖精の国からお迎えがきて実はあなたは王女でした」を馬鹿馬鹿しいと感じる人がいるだろうなあ、というのと近い感覚である。「ありそうもない話」で、しかもある種のスタンダードなお約束を踏まえた「類型的な話」だと感じられるからではないだろうか。
 しかし同時に、「類型的」と言われるほどある型の物語が生まれるからには、その「類型」を求める人がいるということも事実だろう。

「そんなことはないだろう」という話が好まれるのはなぜか。それは、人が「そんなことがあってほしい」からかもしれない。あるいは、「そんなことがあったらどんなだろう」と思うからかも。
 後者が興味のメインならともかく、前者がメインであれば、類型的な物語はそこにあらかじめ望まれた像から抜け出すことができない。決められた道筋から足を踏みはずすことができない。それは読者の期待を裏切ることになるからだ。

 ……とまあ、いろいろ考えてはみたものの、うまくまとまらないので保留。

 で、『ハーツ』なのだけれど、これは類型の力をうまく使っていて、そうした類型を求める読者の興味があまり向きそうもないところ(=具体的に真純はどういう病気なのかとか、家ではどんな暮らしをしているのかとか)をあっさりと流し、登場人物たち(おもに主人公)の心境の変化を緻密に書いていく。
 あらすじだけで言えば、オーソドックスな、「いかにも望まれそうな物語」を踏みはずさないのに、その足運びにソツがない。適度にバリエーションをもたせつつ、気持ちよく読者をその世界に酔わせてくれる。

 テルという主人公の半端な境遇、どうでもいいやと思っていたすべてのものへの見方が徐々に(唐突にではなく)変化していくこと、周囲の人々とのかかわり、どれもうまい具合に作用しあい、かさなりあって、物語は結末へと進んでいく。

 ちょっと情けない主人公や、それぞれに癖があり、自分の考え、暮らし、過去があるクラスメートたちもいいのだが、相手役になる真純のキャラクターの凛とした姿が、ことにきわだっている。初登場の印象も強烈だし(いきなり唾を吐くヒロインというのも珍しいだろう――どこに吐いたかは実際に本を読んでご確認あれ)。去り際に残す印象もまた、それを上回った明晰さである。

 ずっと文通していた心臓病で死にそうな遠縁の女の子の短期間の彼氏になる話。それだけ聞けば、どこにもリアルさなどないのだけれど、作者は物語のなかでキャラクターの心に徹底して寄り添った描写をすることで、そのシチュエーション自体ではなく、そのシチュエーションに置かれたキャラクターたちに息吹を与え、生かしきることができている、と思った。

*1東方ウィッチクラフト ―螺旋舞踏―
 東方ウィッチクラフト・シリーズの第二作。ハイ・テンションのコメディ→感想

読了:2001.10.03 | 公開:2001.10.07 | 修正:2001.12.15


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