updated: 2008/10/18
沙漠の西に、巨大な帝国があった。
皇祖と呼ばれる初代皇帝とその血族は、遠方にあっても互いに意思を通じあわせることができる力をそなえていた。神の恩寵——偽りを許さず、真実のみを伝える力を、かれらは手に入れたのだ。即時通信の力をたくみに活用した戦略で、帝国はたちまち周辺諸国をたいらげた。三千年近くに渡って栄えた古王国もまた、戦わずしてその支配下に入ったと伝えられる。
それから数百年。帝国は未だに強力な存在だったが、それだけに権力を巡る争いも激化していた。それに巻きこまれるのを避けるために祖国を出奔した皇弟は、忠実な部下とともに沙漠を渡り、沙漠の東に真帝国を興し、みずから真上皇帝と号して即位した。
真帝国暦十六年。古王国の末裔で、皇帝に従って沙漠を越えて来たヤエトは、同僚たちの派閥争いに巻きこまれてとばっちりを食らい、帝国の辺境である北嶺に左遷されてしまった。
今度こそ目立たず揉めず争わず、この地の果てを理想の隠遁場所にしようと思いさだめる彼だったが、金髪碧眼の偉丈夫揃い、しかも不必要なまでに声の大きい異人種の同僚たちに囲まれて、なかなか思うにまかせない。
帝国に併呑されたものの、とくに旨味のない土地柄ゆえに、自治区といえば聞こえはよいが、その実は放置区であるといわれる土地である。中央から尚武官の派遣はなく、さらに北にいるという敵対的な蛮族への備えは地元でよろしくやっておけという扱い。尚書官ですら派遣されているのはヤエトひとり、あとは現地登用でなんとかしろというのだが、北嶺人には尚書官とはなんたるかの概念すらなく、寄り集まっては大声でがなっているだけ。
罵詈雑言の応酬ばかりで一向に進まない議事に業を煮やしたヤエトは、ついに耐えかねて立ち上がり、無理矢理話をまとめてしまう。二度とこんなことはしないぞと、決意をあらたにしたところへ、都から騎士団が訪れた。それも、北嶺の城門を入るか入らないかの内に北嶺人と揉めてしまい、いきなり大騒ぎに。
さらば、穏やかな老後よ——なんとか仲裁をしようと進み出たヤエトは、あり得ない事態に直面させられる。