書肆 うさぎ屋

updated 15th August 2005

特設書架:少女向け文庫はあなどれない!

翻訳ばかりがファンタジーじゃないと、知ってはいても捜すのは大変?
霧の日にはラノンが視える1   霧の日にはラノンが視える2   霧の日にはラノンが視える3   霧の日にはラノンが視える4   犬が来ました   めざめる夜と三つの夢の迷宮   シャリアンの魔炎   帝国の娘・前

全四巻完結!!〈霧の日にはラノンが視える〉ネオ・フェアリーテール

霧の日にはラノンが視える2 霧の日にはラノンが視える1

 まずは、2003年から刊行が始まり、2005年に完結したばかりの〈霧の日にはラノンが視える〉全四巻。

  1. 霧の日にはラノンが視える →(感想
  2. 霧の日にはラノンが視える 2 →(感想
  3. 霧の日にはラノンが視える 3 →(感想
  4. 霧の日にはラノンが視える 4 →(感想

 この作品は、多少失礼ないいかたをすると、レーベルでまず損をしている。ウィングス文庫。基本的には「やおい」を扱うものと頭から思われがちだから、である。

 しかし、おそるおそる手にとってみると、男性同士のロマンスや妖しいシーンもなく、我々人間が「妖精譚」で知るばかりの世界と紛う異界「ラノン」と、そこから追放されて来た異能者たちが、ほそぼそと現代に暮らすその在りかたが描かれている。

 舞台は現代英国、ロンドン。第一巻はまず、田舎から「第七子の呪い」(これだけでもグッとくるではないか!)をとく鍵をもとめて出てきたとたんにカモられて途方に暮れた善良な青年と、霜のような眼をした不思議な若者の出会いを描く。作者・縞田理理にとっては新人賞受賞作ということで、やや不安定な部分もあるが、とにかく雰囲気がいい。

 第二巻では、いきなり筆力が超安定。キャラクターの数も増えたのに書き分けも難なくこなし、種々雑多な妖精たちがそれぞれの個性を発揮して、いかにも「それらしく」物語を騒がせてくれる。また、あらたな追放者として力ある魔法使いも出現し、シリーズとしての展開を踏まえた話運びになっている。

 第三巻から第四巻は、ぜひ一気に読んでいただきたい。スコットランドの田舎の村とロンドン、そして妖精たち憧れの故郷であるラノンを結び、世界のなりたち自体にかかわる謎が明かされて、またとない解放感を読者に与えて幕を引く。

 変身できないと発狂してしまう狼人、寒さを感じられないがゆえに凍死の可能性すらある霜の魔力、思いついたことは次から次へとなんでも喋らずにはいられない真実の舌の魔法、結び目をほどけばあらわれる風の魔女——すぐそこにありそうで手の届かない異界が、わたしたちが生きる現実に寄り添っている喜び。とにかくご一読を。

新作が待たれる作家の読み切り作品

犬が来ました めざめる夜と三つの夢の迷宮

 2005年現在、長らく音沙汰のない作家・松井千尋のデビュー作『犬が来ました−ウェルカム・ミスター・エカリタン』(→感想)は、ちょっとせつなくて、とってもハッピーな物語。英国に留学した兄の友人が家に来る——というので出迎えてみれば、なんと相手は二足歩行し、流暢に日本語を喋る犬だった! というところから驚嘆すべき日常へ突入するハートフル・コメディ。

 本作は短篇集で、巻末に収録されている話ではずいぶん時代を遡り、呪われた家系のルーツがどこにあるかも語られることになり、時代と空間を通貫してひとつのシリーズが完結する。

 そして現時点での最新刊『めざめる夜と三つの夢の迷宮』(→感想)は、すばらしい完成度を誇る連作短篇集。なにげない描写のひとつをとっても、つい惹きこまれてしまう文体。大仰な形容詞が並ぶわけではなく、淡々とした描写なのに、なぜこんなに魅了されてしまうのか、自分でもわからない。

 物語は、あるときは旅籠の無口で愛想の悪い少女に、あるときは村一番の器量よしの善良な娘に、あるときは国を背負って立つ伝声官にフォーカスし、さいごまで読めば全体がひとつにリンクして円環をかたちづくる。孤独な魔女が語らない理由はなぜか、少女が待っていたのは誰なのか、伝声官の言葉のなかにだけ構築される幻の真実、夢の涯てに浮かぶ文字——ひとつずつのモチーフが愛おしくもせつなく、儚いがゆえに永遠を示す。超オススメ。

ほかにも期待の作品はたくさん!

シャリアンの魔炎 帝国の娘・前

 未完結のシリーズ物ということになると、まだまだ期待のタイトルはたっぷり。あと一冊で完結予定の、ゆうきりん作『シャリアンの魔炎』は、一族の復讐を背負って女神と契約し、人ならざる戦闘力を手に入れた寡黙なヒーローが、滅殺すべき敵国の貴族の少女とそれと知らずに出会い、たがいに恋に落ちていく皮肉な運命を描く。異文化間のカルチャー・ギャップが前面に押し出されていて、かなりの読みごたえ。とりあえず第四巻の感想だけでもご覧あれ。

 はじめは「異世界冒険もの」かと思ったらきっちりファンタジーに移行した須賀しのぶ作〈流血女神伝〉は、巻数が多いので今から読むのは大変かもしれないが、一冊ずつはアッという間、ぜんぶ手元に揃っていたら寝食を忘れて一気読みすること必至のリーダビリティを誇るエンターテインメント。世界の過酷さと、ヒロインの押し潰されない強さに浸れる。そして(コバルトゆえに手控えたと言及されてはいるものの)、神々の存在の重さも。ことに『暗き神の鎖』は「ファンタジーとして」出色。

 読みごたえのあるファンタジーというと、つい翻訳もの……和製でもせいぜい児童文学で定評ある作家、という方向で探してしまいがちだが、翻訳ばかりがそんなに偉いのか? 児童文学は「ブンガク」だからファンタジーとしても上級なのか?

 否! と叫ぶにたる作品を並べてみた。もちろん人によって好みというものはあろうが、どれも店主は自信をもって「おもしろい。ファンタジーとして上級!」と感じ、また人にも薦められると感じた作品ばかり。狭い読書の範囲内でしか選べないので、選に漏れているものも多々あるだろうが、そこはこれから探して行ける楽しみがあるとご寛恕願いたい。

 少女向け文庫の棚を眺めて、唸りながら「おもしろそうなファンタジー」を探すのはチョット……という場合にこそ、ネット書店は活用されるべきなのだ! たぶん!

2005.08.15