what i read: 平井骸惚此中ニ有リ


書名平井骸惚此中ニ有リ
著者田代裕彦 Hirohiko Tashiro
発行所富士見書房(富士見ミステリー文庫)
発行日2004.01.15
ISBN4-8291-6234-1

 時は大正。本邦に探偵小説の礎が築かれはじめた、まさにその時代。ひとりの探偵作家の前に平伏する、貧乏書生の姿あり。姓は河上名は太一、これなる若者は平井骸骨先生そのひとに弟子入りせんとの望みが昂じ、ご当人のおん前に身を投げだし、伏し拝んでいる次第。

 骸骨先生、いささか当惑の体にてこれを持て余したりければ、傍らに控えておいでの令夫人、まさに捨てる神あれば拾う神あり、河上太一君をお宅に入れてくださったのでありました。

 さて、押しかけ弟子の太一君にも転機が訪れます。骸骨先生、知人でやはり探偵小説をものする池谷先生のご葬儀から帰っておいでになるなり、あれは自殺じゃないとおっしゃる。もののはずみで話がころがり、見事その殺人事件を解き明かせば、太一君、晴れて先生に弟子と認めていただけるとか。いつもは太一君を苛めてばかりの御転婆・鈴嬢も加勢について、はてさて、探偵ごっこは如何なる仕儀に……。

 ついノリノリでこんな文体になってしまったが、第三回富士見ヤングミステリー大賞受賞作。

 で、時代がかった雰囲気を出すためか、小説本文の文体も、ここまで変ではないにせよ、独特の調子をたもっている。冒頭付近から少し引用してみると、まずはこんな風。

 仰ぎ見れば平たんなようで、上ってみれば急勾配のような。町を象徴するかの如くのひどく曖昧な坂道を上り詰めますと、見えてくるのは閑静な雑木林。
 その林を背負うように、日本家屋が一軒ありまして。
 玄関先には一人の青年。
 彼氏の前に立ち尽くすのは、その家の主人夫婦と思わしき、男女が一組。
 サテ、この青年、夫婦者の前にてなんとも見事なくらい深々と土下座をしたのでございます。(p.8)

 体言止めが多い文章、どうも活弁の弁士か講談師、あるいは落語家が喋っているのではないかと思わされるような雰囲気をたもった、これが基本の文体で、いうなれば「ちょっと古い時代の雰囲気をまとった口語の、語りかけ文体」を、地の文に採用しているのだ。最初から最後まで小説全体を牽引するこの「調子のよさ」に、うまく乗れるかどうかが読者が楽しめるかどうかの分かれ目にもなると思う。

 わたしは楽しく読ませてもらったクチだが、純粋に探偵小説あるいは推理小説として評価すると、どうなんだろうなぁ。その筋の読者さまに判断していただくしかないだろうが、ちょっと単純かな、という気がしないでもない。

 ただ、天才について「固定観念をチョット越えられる者のこと」としたくだりから、以下のやりとりに至るあたりは、ものを書くことを志したことのある者ならば、身に覚えのある悩みに通ずるのではないかと思う。

「そうとばかりは限らないさ。我々はポオを知っている、ドイルを知っている。彼らの生み出したジュパンやホームズと言った探偵を知っている。彼らの作り出した密室も知っている。そうした偉大なる先陣たちの遺した土台があるからこそ、我々はどうすれば密室を作り出すことができ、如何にして密室で反抗を行わすことができるのかを知るのだ。言うなれば、鋳型のようなものだな」
 語る内に骸骨先生、その表情を厳しく険しいものに変えておりまして。
「探偵作家はその鋳型に鉄を流し込むだけだと?」
「もちろん、自ら新たな鋳型を作り上げることのできる作家だっているだろう。だが、そうすることのできない者は、鋳型から出来上がった物をどうやって上手く仕上げるかの作業に従事することになってしまう」(p.37)

 うまいこと仰しゃいますな、骸骨先生。

 バーチャル大正浪漫世界のお好きなかた、引用した文体に戸惑いを覚えず、むしろぜんぶ読んでみたいと思ったかたにはオススメ。男装の麗人あり、ハイカラさんあり、お調子者でそそっかしい帝大生あり、華族様あり、甘味どころあり、いろいろ略して、そして探偵作家あり。天才と凡才の違いに頭を悩ませたことがあるかたにも、ぜひご一読いただきたい一作。

読了:2004.02.26 | 公開:2004.03.17 | 修正:--


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