書名 | 銀盤カレイドスコープ vol.1 ショート・プログラム:Road to Dream |
---|---|
著者 | 海原零 Rei Kaibara |
発行所 | 集英社(集英社スーパーダッシュ文庫) |
発行日 | 2003.06.30 |
ISBN | 4-08-630132-6 |
あたし、桜野タズサはフィギュアスケート女子シングルの、たった一枠しかない日本代表を争う有力選手。抜群の美貌にトリプルのコンビネーションも決めるジャンプ力、16歳の華麗な乙女のスケーティングよ。「表情に乏しい」とか「自然に笑え」なんてイチャモン、知ったこっちゃないわ。
それより、妙な声が頭の中で聞こえることの方が大問題。自称カナダ人の幽霊、ピートは、百日間もあたしに憑くっていうじゃないの。ちょっと、なにそれ! 百日もプライヴァシー皆無の生活を送ってみなさい、あたしが先に儚い命を散らしちゃうに決まってるじゃないの!
とはいえ、慣れとはおそろしいもので、幽霊と二心同体のまま、あたしは練習に精を出せるまでになった。あたしは代表の座が欲しい。オリンピックに出たいの。なんとしても!
というわけで、ウェブ上で「面白い」という評判をあちこちで目にして以来、ぼんやり探していた本の実物をついに発見。スーパーダッシュ文庫だったのかぁ……という程度の捜索意欲だったのだが、しかし。これはもっと本気で探してもよかった。
おもしろい。
勝ち気で口の減らない美少女スケーターが、相手の無礼に脊髄反射した挙げ句の暴言でマスコミを敵にまわし、しかも気が強いように見えていてやっぱりプレッシャーがグッとこたえてくるときもあるわけで、そのメンタル面の不安定さ、試合のときに選手にかかる重圧感というものが、説得力をもって描かれている。
なにがどうあっても、競技の場面では孤独なスポーツ選手。その孤独に、百日限定憑依中の幽霊、という異物が紛れこんだだけで、ヒロインはどこにいても孤独ではなくなってしまうのだが、そのへんの推移――単なる敵対状態から協力者へ、そして、という流れも無理なく、なめらかに進んでいる。
なによりいいのは、スケーティングのシーンが爽快なことだ。
本文中でも、タズサに憑依したピートが「こんな風に滑れるなんて、気もちいい!」とうかれているが、実際、読んでいて楽しいのだ。ジャンプが、ステップが、厭味な関係者やジャッジの前でわざを決めたときの達成感、客席が盛り上がってくるその臨場感、とにかく小気味よく描写が決まっていて、読んでいる自分も会場にいるような気分になる。
不満をいえば、ピートがどんな人物なのかサッパリわからないこと、百日憑依の理由も目的も不明なこと、くらいか。タズサ自身は、一回、ピートの生涯を根掘り葉掘り聞き出しているので、ある程度の知識を得ているらしいのだが、読者にももう少し分けてくれないかなぁ、と思った。
読了:2004.02.24 | 公開:2004.03.04 | 修正:--