what i read: 漢字と中国人 
―文化史をよみとく―


*Cover* 書名漢字と中国人 ―文化史をよみとく―
著者大島正二 Shoji Oshima
発行所岩波書店(岩波新書822)
発行日2003.01.21
ISBN4-00-430822-4

 中国で生まれ、現代に至るまで実際にもちいられている「表意文字」として希有な存在である漢字。その漢字が辿ってきた変転の歴史と、文字と真剣にかかわってきた人々の仕事をときあかす。

 以下、大雑把にではあるが、内容紹介。

1.漢字は誰が造ったのか
 蒼頡(そうけつ)の考案とされる説を紹介しつつ、この人物の実在性は疑われ、またそもそも、漢字という文字は一個人の創案になるものではなかろう、とする。
 また、秦の始皇帝が政策として掲げた「文字の統一」から生まれた、皇帝の文字「小篆」、そこからさらに実用として派生した官吏の文字である「隷書」、という流れを示す。おそらく祭祀のために発生した象形文字が、官吏を目指して学びはじめた庶民のものとなる過程である。
2.古語を現代語訳する――義書
 意味の違いによって編まれた辞書を、「義書」と呼ぶ。
 最古の義書は前漢のころまでになったと思われる『爾雅』。古代の典籍を解釈する訓詁学の最初の集大成であり、百科事典的な性質もそなえている。
 次に、後漢末から三国の頃に『釈名』がなった。これは語源探求を旨とする書物であり、声訓という、「ある語に似た音の語をその語源とする」方式で語源をさだめている。
 そして孤高の書ともいえる『方言』が、漢の時代に生まれた。ほとんどの学者が書き言葉である漢字を研究したのに反して、『方言』の著者は、話し言葉である方言を調査、広大な国土ゆえにさまざまな方言を持つ中国の話し言葉の実情を一覧にした。
3.形で分類する――字書
 漢字の形の違いで分類した辞書を、「字書」と呼ぶ。
 これは後漢に成立した金字塔であり聖典とも呼ぶべき辞書、『説文解字』からはじまる。試験制度の廃止により、漢字のあるべき形が乱れていたのを、部首法によって整理、よくある誤りの指摘まで含めて、文字の正しい姿をしるした辞書である。
 次に南朝梁の時代に『玉篇』がなった。これは親字(見出し)を隷書でかかげ、その音を反切によって示し、古い書物からの引用によって文字の意味をもときあかした、すぐれた辞書であった。
4.表音文字として使う――韻書と韻図
 漢字の音によって分類した辞書を「韻書」また「韻図」と呼ぶ。
 漢詩にもちいる押韻のため、六朝までにさまざまな韻書が編まれた。その集大成として一世を風靡したのが、隋の頃になった『切韻』である。名だたる学者・文人が集まって、従来の韻書の問題について話し合った結果、すべての問題は解決したからあとは書物にまとめるがいい――というなりたちを持つ、まさに韻書の決定版として編まれた一冊。
 その後、韻書の世界に衝撃を与えたのは元の時代、当時流行した北曲の押韻を示すために作られた、『中原音韻』である。『切韻』以来の伝統的な韻書とはまったく違う形式をとった『中原音韻』は、『切韻』とあわせて二大韻書と呼べるだろう。
 また、韻図は隋の時代に、悉曇学の影響を受けて生まれた。これは漢字の音を反切ではなく座標によって図表化して示す試みであり、代表的なものは『韻鏡』である。
5.簡略化・ローマ字化を試みる
 識字率を上げるためにも、旧来の漢字を簡略化すること、いっそ別の文字に置き換えてしまうこと、あるいはローマ字表記にすること――さまざまなこころみが、近代中国の動乱のなかで生まれては消えていった。
 ともあれ、今も漢字は生きつづけている。

 上記紹介文ではふれていないが、この本の読みどころは、辞書編纂に至る時代の流れと、実際に編纂に携わった人物が判明しているのであれば、どのような情熱がその人物を動かし、かくのごとき難事業を実現せしめたのか、という考察にある。

 孤高の書『方言』の著者は政変に巻きこまれて自死しかけているが、このような辞書を編纂する人物が、追い詰められたというだけで簡単に自死を選ぶか? というような考察があったりする。『中原音韻』の結びの言葉は痛快であるが、その痛快な文句を書かせた時代背景と、著者の境遇に思いを馳せることを、本書は忘れさせない。

 また、実際に辞書のページがどのようなものであったか、図示されているのも見て楽しめる。ほとんどの場合、原本は失われているのが残念だが、それでも、イメージは膨らむというものだ。

 非常に興味深い一冊。よい読書をさせてもらった。

読了:2004.01.25 | 公開:2004.02.03 | 修正:--


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