女傭兵・タルマとケスリーのシリーズ『女神の誓い』『裁きの門』『誓いのとき』(
*1)につづく作品。しかし今回の主人公はお馴染みのタルマやケスリーでなく、彼女たちの孫娘である。
帯にでかでかと「新ヒロインの名はケロウィン」と書かれていて目眩いが。ものすごくインパクトのある名前なので効果があるような、ファンタジー好きな人はヒロインの名前に「ケロウィン」なんて求めていないような。複雑な気もち。
カエルみたい、と思うのをとめられなかったのはわたしだけか。わたしだけなのか!
お父様は、わたしがいることをご存じなのかしら!
兄の婚礼の晩、一家の主婦役として館の切り盛りを一手に引き受けるしかない少女ケロウィンは、隙あらば盗み食いしようとする少年の手を叩き、落ちかけるパン製の鹿を崩壊の危機から救い、行き届かない給仕たちになんとか仕事をさせようと奮闘していた。
べつに、宴席につらなりたいわけじゃない。そんなのは、御免こうむる! だからといって、この地獄のように熱い台所で、有能な家政婦でもなければ面倒をみきれないような大混乱を取り仕切る、今の立場を歓迎もできない。お父様は、わたしがいることをご存じなのかしら――ケロウィンは思う。わたしがいなくなって、館の中がうまくいかなくなってようやく、わたしがいないことに気づいてもらえるのかもしれない。
だが、いなくなるのは父の方が先だった。婚礼の宴席は突然の襲撃者によって血の海と化し、父は殺され、兄は重傷を負い、花嫁は攫われてしまった。男たちは皆負傷し、敵には魔法使いがいたという。
突如、ケロウィンは気がついた。なんということだ。この場に居合わせて、馬に乗れ、武器も使え、攫われた哀れな花嫁を助けだすことができそうな人物は、自分しかいない! たった十四歳のケロウィンしか!
とにかく、疎遠になってはいたものの、すぐ近くに住んでいる伝説的な魔法使いである祖母に助けを借りよう――なにか魔法の武具でもだしてもらえはしないだろうか――と夜道を急ぐケロウィンの前に、ふしぎな女があらわれた。年をとった女は、なぜ行くのかとケロウィンに問うた。どうしても行くのか。しかし、ケロウィンの決意は変わらなかった――。
さらに、魔法剣「もとめ」に選ばれることにもなるわけなのだが。
タルマとケスリーがしっかりオバアチャンになって登場しているところが、なんというかこう。作者は「年代記」型の書き手で、サザエさんタイプではないのだなあ、としみじみ思った。特定のキャラクターにではなく、ヴァルデマール周辺世界に入れこんで書いているのだと思う。
だからといってキャラクターに魅力がないわけではなく、毎度のことながら、不屈の闘志をもってことにあたるヒロインには、頭が下がる。
悲運、凶運、さまざまな事態が彼女たちを襲うが、それでもけっして立ち止まることなく、つねに動きなから考える。前に向かって進みつづける。ラッキーが描くのは、つねに、そういうキャラクターたちである。
そして、ラッキーが書くキャラクターたちに説得力があるのは、彼女らがかならず不断の努力の末に人並みはずれた能力を手に入れていること、コツコツと下積みしているシーンが丁寧に描かれているところにあるのではないかと思う。
この上巻でも、ケロウィンは若くして館の切り盛りをこなし、兄の師匠を無理やり口説き落として短剣の使いかたを習い、そして冒険行のあとは、タルマにみっちりと仕込まれることになる。
とかくロマンティック方面に傾斜しがちな女性作家のファンタジーにしては、ラッキーのこの作品はそういう方面でも「コツコツと」地に足のついた感覚を積み上げていく手法をとっている。まだ若いケロウィンが、タルマのもとへやってきた王弟殿下とのアバンチュールを楽しみながら、やけに冷静にその自分の「恋」のようなものを評価しているあたり、末恐ろしい娘さんというか……。
傭兵隊での辛い任務や逃避行など、かつてのタルマやケスリーがたどった冒険のパターンにある程度沿っている。なつかしみつつ、一気に読みあげた。
下巻へつづく。
- *1『女神の誓い』『裁きの門』『誓いのとき』
- シリーズ既刊。タルマとケスリーが活躍する長編二冊と、彼女らの子どもたちも登場する短編集一冊。長編二冊についてはまとめて @nifty の SFファンタジー・フォーラム、「本屋の片隅」でとりあげているので、そちらをご覧いただきたい。
読了:2001.12.14 | 公開:2002.01.12 | 修正: -