創刊された(といってもずいぶん前だが)白泉社My文庫の一冊。架空歴史ファンタジー復讐譚。わかりやすく特徴をまとめると、そういう感じか?
「万象」は、ある日突然降臨した「天孫」と呼ばれる異能者たちによって支配されていた。その天孫の帝国支配は一千年にもわたってつづいたが、永い歳月の経過によって天孫たちの血は薄れ、圧倒的だった力ももはや昔日の勢いはない。次々と反乱を起こした小君主たちの乱立から、今、時代の趨勢は三国の鼎立へと移行していた。最大勢力を築いた「白秋」、帝を弑逆した暴君・黒瞳を主君に戴く「後蓮」、そして矮小化はしていても帝国の後継にほかならない「崑崙」。そのうちのふたつ、後蓮国と崑崙との戦いが、今、始まろうとしていた。稀代の軍師である永冬は、国王に全権を委任された将軍とともに戦場へ赴く。彼の頭のなかには、これからはじまる戦の詳細な設計図があり、敵も味方も皆そこで踊るはずであった――。
まず、釈然としないところから。
第三部から始まるところ。時系列が前後しようがなにしようが、第一部の第一章を名告ればよいのではないか。最後まで発表しおえたら、順番に並べ替えるのか? それとも、最後まで書けそうもないから、書いておきたい第三部をちょっと押さえてあるとか? などとイヤな想像をしてしまうので、こういうやりかたはあまり好きではない。
中国文化と万象世界。中国に似ている。しかし、違うのである。なんとなく読んでいて居心地が悪い。これはどう考えても世界観オタクであるわたしのこだわりが、標準より厳しい(というか、変)であるせいもあるだろうから、以下この項は話半分でお読みいただきたい。
同じように中国風の用語を取り入れていながら、中国ではない場所を描いた小説を考えてみる。
たとえば〈十二国記〉(
*1)であれば、中国文化をある程度模したようなあの〈十二国〉の世界が、我々の知る現実世界とつながっているという設定をもって、さまざまなものの呼称や文字・言葉などが共通することの説明がつく。居心地は悪くない。たとえば『後宮小説』(
*2)であれば、そんな王朝は存在しないし、さまざまな慣習も実際の中国とは違う部分もあるようなのだが、一本筋が通った「中国風のどこか」なのだと思える程度の擬態がなされていて、これも居心地は悪くない。
万象世界はたとえば姓名字の概念を取り入れながら、名前を表記する順番が「名・姓・字」となっている。しかも、宮廷で王が戦争へ赴く将軍たちを呼ぶときも、姓名ではなく名のみを呼ぶ。なんか変なのである。三国志でいえば、劉備が関羽や張飛や趙雲に向かって、「羽!」とか「飛!」とか「雲!」とか呼びかけている感じである。わたしは実際に三国時代の軍議を見たことがあるわけではないから、どう呼びかけたかはわからないし、目上の者が名を呼ぶのは間違ってはいないはずなのだが、それでもどうにも座りが悪い。
これは一例であり、要するに、既存の概念を表現する用語をそのまま万象世界独自のものに置き換えようとしているから、たいへん座りが悪い(とわたしには感じられる)のである。
……ちょうど『三国志』をたてつづけに読んでいたときに、たまには違うものも読むか、とこの本を手にとったのだが、間が悪すぎたと言えよう。正直に言って、これはわたし自身のミスだと思う。こんなことでは「違う。変。なんかおかしい」が山積して楽しめず、本にとってもわたしにとっても百害あって一利ナシ。
あと、もひとつ。てにをはレベルの間違いが多すぎて、読んでいて赤ペン先生モードが起動してしまい、この文章はこう直せば……と考えるのが話の流れに入りこむのをずいぶん疎外した。これも職業病だろうから、あまり関係なく読める人は読めると思う。
で、これだけ書いたからじゃあこの本はおもしろくなかったのか、おすすめではないのかというと、実はそうではないのだ。
話が終わっていなかったりもするのだが、とにかくキャラクターが立っている。永冬をああさせたものがいったいなんなのか、知りたいと思う。物語の背後に、どうしてもこれを書きたいのだという作者の強い強い想いを感じる(ような気がする)。
書きたくて書きたくて書かれた物語が持つ、なにか底知れぬパワーのようなものを感じるのである。
それは読者をも巻きこむ力を持っている。少なくともわたしはつづきを読みたいと思う。これだけあちこちひっかかりながらも最後まで読めたし、次がどうなるか知りたいし、おもしろかったと思うのだから、すごいと思う。
というわけで、続編が出ますように。ぱんぱん(柏手)。
- *1〈十二国記〉
- 言わずと知れた小野不由美氏の人気シリーズ。ホワイトハート文庫だと山田章博氏の美しいイラストが配されているが、最近は講談社文庫版の方が先に出版されるので痛し痒し。
山田氏のイラストを使ったカレンダーも売られているから、講談社文庫で買っちゃったよ早く読みたくて……という人は、これを見て自分を慰めるという手も。
- *2『後宮小説』
- 第一回ファンタジーノベル大賞受賞作。わたしはこれをファンタジーだとは微塵も思わないが、大好きな作品である。おもしろい。カスタマーレビューも現在三つ登録されているが、全員星五つの高評価。
読了:2001.11.28 | 公開:2001.12.04 | 修正:2001.12.31