what i read: 興亡三国志 5


*Cover* 書名興亡三国志 5
著者三好徹 Thoru Miyoshi
発行所集英社(集英社文庫)
発行日2000.04.25(集英社/1997.10)
ISBN4087471888

 いよいよ最終巻。大河歴史小説の常として、終盤に来ると、序盤の登場人物はあらかた寿命が尽きてしまう。夭折する者ももちろんいるのだが、天寿をまっとうしたなあ、という感じの年齢で逝く者も出てくるわけで、そして長寿をもってしても志を果たし得ないままであれば、さらに寂寥感が増す。
 その、誰が死ぬのどうのという話をつらつらと書くことになるため、いつにも増して、そういうことをお気になさるかたはご覧いただかない方がよいと思う。






 曹操の幕僚が次々と消えていく。荀イクが空箱を見て服毒自殺、荀攸はその墓に詣でているときに倒れて死ぬ。後者は曹操の老いを感じながら死に、前者は曹操と自分がはるかに来た道の果て、やはり目指すものが違っていたのだということを噛み締めながら死ぬ。
 そして、年老いた曹操自身。例によって、それを指摘してのけたのは鄭欽なのだが、言われた曹操はとくに怒ることもなく、淡々と受け流す風に描写されているのも興味深い。
 その後、曹操は鄭欽のことを「立会人」のような存在なのではないか、だから最後まで自分の行く末を見届ける、そういう存在なのではないかと考える。そして、尋ねる。
 ふと曹操は何かえたいの知れない衝動にかられていった。
「鄭欽、そちはいつまで生きるつもりだ?」
「これは難問、というより、お答えできぬおたずねです。人の寿命はそのものが決めることはできませぬ。いや、みずから命を絶つものは別でしょうが、そのような強い意志は持ち合わせておりません。すべては天のお決めになることでしょう」
「たくみにかわしたな。本音をいえば、孟徳より自分の方が長生きすると思っているのであろう」
 滅相もない、と否定するかと思いきや、鄭欽は、
「はい、たしかに。大王より十歳は年下であるのみならず、いかにすれば天下を統一して太平の世を実現できるか、日夜そのことに肝胆をくだく心労が、わたしにはまったくございませぬ故、そのぶん気楽なものといえましょうか」
 と応じた。(p.408-409)
 このほか、鄭欽は軍議でもつねに飄々と無礼(そんな表現をしていいかどうかは別として)でありつづけるうえ、ほかにもあれこれと影でさりげない活躍をしており、ちょっとオール・マイティ過ぎるかなあ、という気がしなくもないくらいである。要するに、彼は作者の志し――三国志を曹操という人物を再評価するために構成しなおす、その役にじかにあたっているのである。
 曹操はすばらしい、曹公こそ天下をおさめるに値する人だというたぐいの情熱をもってではなく、醒めた視線で曹操をみつめ、評価している。常に淡々としていながら、心の裡に断罪を施すほどの強さで曹操を観察しつづけるのである。
 彼がそなえるこの独特の存在感は、曹操の死までつづき、それをもってかき消える。

 劉備の陣営での大きな損失は、ホウ[广龍]統、そしてやはり関羽。ホウ統の早すぎる死が諸葛亮の描いた戦略を狂わせ、関羽の死による劉備の暴走は、蜀の国力を落とす夷陵の戦いへと物語を導いていく。
 正直に言って、曹操死後の物語はほんとうに「あったことを追っているだけ」という感が強く、やや食い足りないものはあった。しかし、かつて吉川英治版の『三国志』を読んだときも、曹操が死に、関羽、張飛、劉備が死んで、物語の初期を彩った英雄たちの姿がほとんど消えたことで、原色がちりばめられたようなこの物語の魅力の大部分が失われた気がしたことを思えば、こと『三国志』に立脚した物語を書いていく以上、これもしかたのないことなのかもしれない。

 最後まで通読しての感想は、非常にバランスのとれた歴史小説である、といったところ。個人的には、多少バランスが崩れることになったとしても、いっそ曹操本人にもっと焦点を絞り、彼の死をもって物語を終わらせるくらいの内容でもよかったのではないかと思うが、そういった物語はまた別の作家が、いずれ書くことになるのかもしれない。

 最後の趙雲ミーハーメモ。この巻の白眉は、劉禅を取り戻すシーン。ここだ!
(前略)趙雲は相手を傷つけぬように突きとばし、両手をひろげて、
「和子様、これへ」
 と叫んだ。
 劉禅は夫人の手を振りきり、趙雲の腕に飛びこんできた。
「おお!」
 趙雲は涙をこぼしながら片手で劉禅を抱きしめ、一方の手に青虹の剣を握ると、
「ご免」
 と夫人に一礼して船室を出た。(p.106)
 幼主の自分への信頼に涙する趙雲。ええですのぅ(涙)。たぶん、わたしのなかでは「信頼」というのがキーポイントなのではないかと思う。例の長坂単騎駆けも、趙雲が曹軍に寝返ったという一報を劉備が一言のもとに否定し、趙雲は趙雲で、劉備の信頼に応えるべく決死の覚悟で和子を救出したというわけで、そのあたりに、趙雲に入れこむ原因の一端があるものと思われる。
 もっとも、劉禅はこの後、ろくでもない育ちかたをしてしまうので、趙雲さえ劉禅を救わなければ蜀はもっと長持ちしたのではないかという説もあるそうだ。ものは考えよう、しかしその場になってみなければ、なにごとも、わからない。

読了:2001.11.26 | 公開:2001.12.31 | 修正: -


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