いただきもの。久美さん、ありがとうございます。
小中千博はまだ小学二年生だった。彼が夏休みの宿題として提出した絵日記に、担任は花丸をつけて返却した。級友は、それを嘘だと糾弾した。
「だって先生、昼間の青い海なんか、見られるわけないじゃないか」
子供たちの世界が闇に鎖されて久しい。それでももしかしたら、小中千博はほんとうに海を見たのかもしれなかった。赤ん坊の頃、ほんとうに幼かった彼の、「いちばん楽しかった日」の記憶は、くっきりと刻みこまれていたのかもしれない。
今、人は誰も昼の世界を見ることなどできなかった。海を見に行くことなど。
それは、鳥の大量死から始まった。ひそやかに、けれど、着実に――。
ホラー書下ろしというマークがついているが、これはホラーというよりわたしの分類ではSF……かなあ。終末もの。
なにがどうしてどうやって怖いか、ということがきっちり科学的に説明されているので、ホラーという感じはしなかった。
避けようのない破滅の訪れを人々が知るまでの、もどかしい過程。気づきはじめたときの動き。対策を求めて生じる混乱。
そうしたものが、コンパクトにギュッとまとめられている。
400円文庫という、「薄さ」、「読みやすさ」、長すぎず短すぎないボリュームを売りにしたシリーズから刊行された本書だが、みっちりと書きこまれたディテールは、けっして薄っぺらい文庫本一冊を読んだという感覚を読者に与えない。むしろ、なにか重たいものが残る。
欲を言えば、この長さでまとめるのであれば、もうすこし登場人物を少なくしてしまってもよかったのではないかとも思う。同時進行で一気にいろいろなことが起きているので、キャラクター固有のエピソードの量が少なくならざるを得ない。すると、どうしても視点が散漫になってしまい、特定のキャラクターへの感情移入が難しくなるからである。
しかし、そうやって特にどのキャラクターに入れ揚げるということもなく読み進めていった結果、たどり着くのが、「いつか海に行ったね」なのだ。とっちらかっていた気分が、ぎゅっと一点に収束させられる。
導入部をうっかり忘れていたので、最後にまったく無防備なところを突かれてしまって、いやー、泣けたわ。うまいなあ。うまいけどやめてください、辛いわー!
しかしSFはどうしてこう終末ものと相性がいいのか――あるいは、SFを好んで書く人たちは、なぜこうも終末ものがうまいのか。佳作が多いと思う。
読了:2001.11.07 | 公開:2001.11.09 | 修正:2001.12.24