北方三国志第三巻。
今回こそはもうちょっと簡潔に書くぞー! おー!
北方三国志は全般にたいへん評判がよく、おもしろいという評価が高い。わたしも一発でハマった……。北方氏の書かれた本は、実はデビュー作(だったと思う)一作しか読んだことがなかったのだが、こんなにおもしろい本を書く人になっていたのか、というのが正直なところ。デビュー作を読んだのはずいぶん昔のことで(胡乱な記憶ではあるが、たしかほぼリアルタイムで読んだのではなかったかと思う)、そもそもハードボイルドはめったに読まないから、読書範囲にかすらないまま来てしまった。
いつのまにか、時代小説作家になっていたんだなあ……。
とにかくこの三巻は呂布の見せ場。呂布がとにかくかっこいい。一巻から三巻まで、とりあえず呂布の一生を追うだけでも読んでみて、そりが合わなかったらやめるというテもあるので、おすすめ。
以下、例によってネタバレですのでご注意くだされ。
- ●五斗米道
- 宗教結社も、明確なヴィジョンを持って自分たちの居場所を確保しようとしている。つまり、その核に「夢」あるいは「理想」を抱いているのだ。なんら霊的能力がない二代目教祖の弟が、自分は浮き世離れした兄のかわりにこの地を守る現実的な武力を獲得しようと決意する。
- ●呂布が矢を射る
- 袁術の子と呂布の娘の婚約。劉備を潰すために袁術が派兵してくる。両軍の主将(袁術軍は紀霊、劉備軍は無論、劉備)を招き、二百歩離れたところから戟の胡(かなめの部分)をみごとに射当てたら、双方兵を引くようにと和睦をさせる。呂布、かっこいいなあ。不言実行。有言しても実行。呂布がこんなにかっこいい三国志がこの世に存在するとは思わなかった。
- ●劉備、曹操のもとへ
- 呂布の馬を張飛がわざと奪い、急に攻められたと見せかけておいて、覚悟の脱出。家族や文官を残していって「本当らしさ」を演出したり。オニだなー。でもそのへんがリアル。曹操を頼ったということで自分が許せず血が出るまでくちびるを噛む劉備。そういうプライドはよくわからないのだが、まあ、そういうこともあるんだろうなあ……。劉備の「夢」は「誰にも膝を屈しない」ことなのか?
- ●宛城
- 曹操、女体に溺れて警戒を怠る。絶影(※曹操の愛馬)が倒れたときに息子・曹昂が駆けてきて、進んで馬を降りて渡すシーンがある。さらっと書いてあるが、あとから何回も思い返すことになる――命からがら逃げだす場面ではなんの躊躇もなく息子の馬をとり、後日、息子を踏み台にして生き延びたという自分を見返すことになるわけだ。場面のテンポも損なわず、うまく使ってあるなあ、と思う。
典韋は愛用の戟の使いかたを教えてくださいと平伏され、曹操が人払いをしていたせいもあって、油断して武器を渡してしまったという設定になっている。
- ●劉表
- 曹操の心胆を寒からしめたものの、劉表のところに逃げのびてきた張繍と鄒氏。鄒氏が色香をもって張繍を惑わしているという話。賈ク[言+羽]がちらりと顔を覗かせて才子ぶりを発揮。劉表の心境も無理なく語られている。
- ●袁術、呂布を攻める
- 袁術は皇帝を僭称。呂布は娘の縁談を破談に。怒った袁術、挙兵。それだけではないが、一応、そういう流れで。孫策との連合を陳宮が打診し、断られたという記述から、袁術に援兵は出さないという(一応、まだ袁術配下という位置づけにはなっている)孫策側の話へ。
高順と張遼は「部将の中では一番まし」と呂布に評価されている。「一番まし」かあ。
ともかく、「黒いけもの」となった呂布麾下の騎馬隊が、圧倒的な数の袁術軍を切り裂く戦闘シーンは圧巻である。
- ●曹操、袁術を攻める
- 呂布に大敗した袁術を攻める。勝利。
- ●劉備、呂布に志を語る
- 帝を中心にした国を再び。しかし呂布は、難しいことはわからん、そういうことは陳宮に考えさせる、みたいな返事。彼は戦がしたいだけの軍人である。劉備もまたその回答を聞いて、軍人というもののありかたについて考えをあらためる。劉備が呂布と単独会見をした件について、曹操は程イク[日+立(縦に並べる)]をやって劉備を探らせ、着々と対呂布の準備を整える。
- ●曹操、穣城攻め
- 対・張繍+劉表。しかし包囲中に袁紹が許都(曹操が奉じる帝がいる都)を攻撃準備中というしらせが入る。ひとつ派手にやらかしてから、さっと撤兵。鮮やか。しかし次の戦は袁紹ではなく呂布と、である。袁紹はどうせ兵を集めただけだとは曹操の読み。
- ●曹操軍対呂布
- まずは呂布を挑発して劉備を攻めさせる。曹操から与えられていた軍は城に籠ることを主張するが、劉備はそれは男の恥とし、外に出て呂布の軍を迎え撃つ。高順が率いる隊を翻弄する関羽、張飛、趙雲。ついに呂布自らが麾下を率いて突進し、劉備は落馬したおかげで敵の戟を逃れる。ともかく一戦は交えたとして鮮やかに撤収する劉備、敢えて追うことをしない呂布。
かっこいい……。まー現実にこんなことはないだろうなと自分のなかの醒めた部分は思うのだが、でもかっこいい。
穣城攻めで隻眼となった夏候惇が先遣隊を率いて劉備のもとへ。しかし、これも呂布に散々に蹴散らされる。関羽・張飛が奮戦して夏候惇を逃がす。
そして遂に曹操が自ら戦場へ。呂布の騎馬隊対策として考えられた、地面から槍を突き上げる仕掛けで、もっともおそろしい呂布の麾下三百五十騎のほとんどを潰し、撤退させる。
このへん、盛り上がりまくり。呂布の武勇を惜しんだ曹操の呼びかけにも、呂布は屈せず。囚われた陳宮を救うために出陣し、ついに倒れる。
亡くした妻のかわりに遂に認められた李姫のエピソードとか、曹操の背後に置かれた鎧を射貫いて成玄固に赤兎を預けるエピソードとか。
唯一ものたりないと言えば、もとは味方だったのに曹操を裏切った陳宮と曹操が対峙するシーンがないことくらいか。これはちょっと残念。
- ●公孫サン[王+贊]、散る
- ついに袁紹が北に憂いをなくし、いよいよ曹操との対決体勢に入る。白馬将軍と謳われたカッコいい人の割に、片隅でひっそり散る、というイメージが離れない。劉備や趙雲との因縁も浅からぬはずなのに――まあ、その浅からぬ因縁を持つ劉備も趙雲も、彼の危機を助けに行くことがなかった、ということは、その程度の人と思われてしまったわけだろう。この小説の中でも、曹操にそういう風に言われている。
- ●孫策と周瑜、二喬を掠う
- 義兄弟の契りをかわしたからって、嫁まで姉妹で掠ってこなくてもと思ってしまうが。しかし若くて溌剌とした二人組で、若い娘を掠ってくるところなど、ただの小物のワルのようで、いっそかわいらしい。孫策はなにしろ登場するシーンがあまり長くないせいで、今まで印象が弱かったのだが。
- ●劉皇叔
- 呂布との戦のあと、許都への滞在を余儀なくされた劉備は、帝の信任篤く、「劉皇叔」とまで呼ばれるようになる。立場的に、帝にあまり慕われるのは危険なので、そういったあやうさを孕んで。
以下、続刊へ。
読了:2001.11.02 | 公開:2001.12.01 | 修正:2001.21.24