what i read: この闇と光


*Cover* 書名この闇と光
著者服部まゆみ Mayumi Hattori
発行所角川書店(角川文庫)
発行日2001.08.25(角川書店/1998.11)
ISBN4041785049

 近所で探してもみつからなかったので、オンライン書店で注文。ほかの本とまとめて配送してもらおうとしたら、別便で後日届いたというくらい時間がかかった。
 盲目の姫レイアの世界は別荘の二階と中庭だけだった。だがその心は父である失脚した王の語る美しい物語の世界にまどろみ、光に満ちていた。父が読んでくれる本、カセットの朗読、書いた線が盛り上がるペンで記された物語たち。レイアはすべてを貪欲に欲した。
 だが、彼女の暮らしはつねに脅かされてもいた。世話係の女性、ダフネはことあるごとにレイアに辛くあたり、父王が見ていないときは彼女を殺してやるとまで言った。夜中、ダフネはレイアのもとを訪れ、殺した方がいい、あの人の負担になっている、殺してやる、とささやくのだった――レイアはただ震えてそれを聞いているしかない。眠ったふりをして、じっとやり過ごすしか。
 階下には知らない言葉を喋る、おそろしい兵隊たちがいた。かれらは父王をときどきどこかに連れて行ってしまう。いつか父が帰ってこないことがあるのではとレイアは脅えていた。
 そして、光に満ちた暮らしはやがて崩壊のときを迎えようとしていた――。
 一応、ミステリだという前知識があったので、ミステリとして読んでしまった。それが敗因だったような気がする。

 ミステリである、たぶんこれから騙されるためにこの冒頭部分を読んでいるのである、と思ってしまうと、なにもかもが胡散臭くてしかたがないのである。本来であれば、レイアと同様に享受すべき美しい物語や別荘の佇まいのすべてが、
「これはブラフである。騙そうとしているのである」
 というフィルターをかけてしか見られないのは不幸である。

 あとは、著者の趣味と「重なる」けど「微妙に違う」あたりが気になった。わたしの好みより、微妙に少女趣味寄りのラインナップで、個人の趣味でチョイスしたとしか思えない、統一性のないものが、次々とあらわれてくるのである。それが正しい印象で、物語の必然であったことはあとでわかるのだが、そのときにはもうどうしようもないくらい混乱していたのである。
 たとえば、主人公の名前が「レイア姫」では、映画『スター・ウォーズ』に登場する、アンパンをふたつ耳の上につけたような勇ましい(ちょっとオバサン気味な)姫君を思いだしてしまう。どうしても、薄幸の美少女に、口の大きいおねえさんの顔が重なってしまう。
 主人公以外に固有名詞のある人物は「ダフネ」なので、では、敵国というのはギリシャないし類似の国なのかなと思う。しかし、どうもそうではないようだ。

 おそらく、この小説に魅了されるか否かは、はじめの「レイア(一)」にどれだけ心を寄り添わせることができるか、にかかっていると思う。
 わたしの場合は前述のように、入りこめず、むしろ入りこまないようにしながら読んでしまったため、うーん、という感じであった。それでも後で明かされた真相の一部をみると、みごとに騙されていたのだから、世話はない。しかしなあ……「レイア姫」。ふつうの人は、キャリー・フィッシャーを思いださずに読めるのだろうか?

 ミステリとして考えると、幕切れがああなのはかまわないとして、匂いをつけるのは簡単でも消すのは大変だがどうしたのだろうとか、声はとか、いろいろと疑問が。嗅覚、聴覚、触覚など、目が見えなければよけいに敏感になるはずであるから、それらをごまかすのは大変であろう。
 しかし本作は、こまかなトリックの妥当性や実現可能性を主眼にした物語ではないのだろう。すくなくとも、わたしにはそう思われる。ひとりの盲目の少女を理想のままに育てるという大きな枠、少女のために用意されたかがやく世界で読者を惑乱させ、この世ならざる美と幸せの前にうちのめすことの方に、より重点を置かれているのではないだろうか。
 そう考えると、作者は自分の意図したところを完成させているのだとも思う。

 ふと、マルグリット・ユルスナールの「老絵師の行方」(*1)という短編を思いだした。中国の皇帝が、すばらしい腕をもった老絵師を捕え、彼を処刑しようとする。その理由はこうだ――皇帝は子どもの頃からその絵師の玄妙なる絵にかこまれて育ち、人とは、世界とは、このように美しいものだと信じていた。しかし後宮から出てみれば、絵師の絵に描かれていたようなものなどどこにもない。すばらしい絵を基準として世界を見れば、すべてがなんと魅力なく、色褪せてうつることか。美女だ絶景だと言われても、彼にとって、すべての絵師が描いた世界、画布の上にうつしだされたそれに及ばない。だから皇帝は、自分をこんな風にしてしまった絵師を憎み、二度と絵を描くことなどできないようにしようとしたのだ。

 ――レイアを包んだ世界は美しかった。しかしそれは失われ、虚偽のものだと示されてしまった。
 そのときレイアは、美しいだけの世界を与えた父王を憎んだだろうか。最後まで彼の世界を肯定し、閉め出されてなおそれを求める気もち――至純の美を希求し、現実を棄却しようとする心を是とするか、あるいは否とするか。それが、読者がこの物語にくだす最後の決断であろう。
 うーん。いかにも歯切れが悪いが、これ以上言葉をつらねても読後感をうまく言いあらわせそうもないので、このへんで。

*1マルグリット・ユルスナール「老絵師の行方」
 白水Uブックスから出ている『東方綺譚』という短編集におさめられていた小品。たしか冒頭の一篇だったと思う。書店で立ち読みしてしまい、離れがたくなってレジへ持って行った(白状)。
 ユルスナールの本はそのほとんどが「品切れ」「お取り扱いできません」となっているので、書店店頭で見かけたら即座に確保すべし。
 ユルスナールといえば、『東方綺譚』の話をしたら、複数の知人から
「あなたはぜったい気に入るはずだから読め」
 と、同じ著者の『ハドリアヌス帝の回想』を買わされた(書店店頭で手に持たされた。笑)のだが、未だ読まないまま……。今年こそ読もう。わっ、わたしが持っている版はもう取り扱われていないようだ。そのかわり、新版が存在するらしい。
 この『東方綺譚』では訳文の美しさにも惚れてしまい、多田智満子という訳者のプロフィールをみると、詩人と書かれていた。なるほどなあ。後に、氏の書かれた評論集(だったと思う)『鏡のテオーリア』も手に入れて、しきりと賛嘆しながら読んだのだが、きちんと読み終える前に本を見失ってそのままになっている。あの本、どこにいっちゃったんだろう……。買い直そうかと思って見てみたら、2001年12月現在、「在庫切れ」……。そうですか。くすん。
 検索していて同氏のおもしろそうな訳書、『この私、クラウディウス』を発見。しかし3,800円だうむむむむむむむ。お金持ちのかたどうぞ。おもしろそうだなあ。現在カスタマーレヴュー一本、星評価五つ。

読了:2001.10.21 | 公開:2001.10.24 | 修正:2001.12.21


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