かねてより評判の高いファンタジーの文庫化。ハードカバーでは一冊だったものを二分冊にしたらしい。
ペチカは貧しかった。スープの粉を溶かしてつくった薄いスープと、残飯まみれのパンで命をつないでいた。教会の守頭に仕事をあてがわれていたものの、些細なことで給金なし、食事抜きなどと言われた。ペチカはひとりで暮らしていた。ペチカの心は寒かった。唯一のぬくもりは、母の記憶だけだった。
そのペチカがある日、意地悪の果てに登らされた教会の鐘楼で、妖精に出会ってしまった。転落の危険も忘れ、ペチカは掃除用のブラシをふり回して妖精を追い払おうとした。妖精は致死の疫病を招くもの。そして、『妖精の日』を招き寄せるもの。それは最後の審判。滅びのみなもと。
しかし、その妖精フィツはペチカに語った。そんなの人間の勝手な伝説だ。フィツは地上に降りてさいしょに言葉をかわした人間からはなれてはならない。それが決まりなのだ。ペチカ以外にフィツの言葉は理解できない。なんで自分についてくるの、と当たり散らすペチカだったが、そのフィツの姿をまわりの人間に見られてしまったことから、貧しく淡々とした日々が変わってしまった。つかまりそうになって抵抗し、守頭にひどい怪我を負わせてしまったせいで、ますます留まるわけにいかなくなったのだ――。
うーん……。
おもしろいのだが、心のどこかに棚を作っておかないと楽しめないのが辛い。
主人公のペチカの意地汚さというか、姑息さ、ズルさ、そういったものは、すごくいい。リアルに不幸でねじれた女の子で、わたしは大好きだ。ペチカはすばらしい。
物語もたいへんおもしろい。ぐいぐい引き込まれてしまって、この先どうなるのかとページをくる手をとめることができない。
上巻はほとんど一気に読みあげた。
では、なにが辛いのか。
例によってたいへん個人的な嗜好の問題なのだが、えー、設定が。というか、設定のバランスが辛いのだ。
物語に入る前に、いきなり、時間の表記についての注釈がある。『指輪物語』の煙草の説明が冒頭にあるようなものだが、まあそれはそれとして。
クローシャでの一日は二十四の時にわけられている。表記は「750プレ」とか「600レプ」とかいうが、要するに二十四時間制である。
……なんで二十四にわけるの? と、思ってしまうのである。ふつうは思わないよなあ。すみません。でもわたしは思ってしまう。二十四時間制の世界で生きている人間が書いた作品だから、二十四時間制をそのまま使ってしまったのだろう、と、どうしても考えてしまう。いいだろう、読者をあまり混乱させても益はないし、これくらいでアレンジをやめておくのは賢明なことだ、と思う。
思いながら、「でもそれは二十四時間制の世界で暮らしている作者と読者の存在を前提につくられた世界だ」とも、どうしても感じないわけにはいかないのである。
そういうわけで、はじめの「その世界の時間」のページを読んだ時点ですっかり読む気を失って、発売と同時(
bk1で予約したので、正確には一般書店の店頭に並ぶ以前?)に手に入れていたのに、八月も半ばまで放り投げておくことになってしまった。
で、度量衡に近い部分からきっちりいじってくる作品には、登場人物の性格づけや物語の展開にも、リアルさを求めてしまう。少なくともわたしのなかでは、「ここまでいじってくるなら、中身はこう」といった感触があるのである。
しかし、『童話物語』は童話、むしろ寓話の趣が強い。
シンプルな力強い文体に、やはりシンプルな、それでいて深みのある事件が組み合わさり、全体としてはすばらしく暗示的な、独特の世界を現出せしめているわけであるが、その作品の持つ方向性が、たとえば「その世界の時間」といった特別な表記を必要とするほどぎちぎちにリアルな生活時間をそなえているかと考えると、そうではないだろう、と思ってしまうのだ。
登場人物の多くはかなり戯画化され、極端な性格づけがなされている。ペチカの意地汚さもその一部ではあるが、彼女の描きかたは悪くない。
ただ、ペチカの旅という大きな物語の流れに巻きこまれたほかの登場人物はどうだろうか。たとえば彼女を追ってくる、かつてのいじめっ子のルージャンである。
ペチカはおばあちゃんの馬車に便乗し、命の恩人を「人買いかもしれない」と疑いながら険しい山を越えたわけだが、ルージャンはどうやってペチカを追ったのか。衝動的に、着の身着のままでペチカを追いかけたように見えるのだが、彼は雪のなかで命を失うことなく、いかにして次の街までたどり着いたのだろう。
ペチカを追ってくるといえば守頭もだが、彼女に至っては、超人的過ぎて「どうやって」を考えるのも無駄であろうと感じられる。
ペチカの困窮、さまざまな苦労、そこから来る心のねじれなどの描きかたがうまいだけに、それらの困難をすべて無視してあらわれるそのほかの要素があると、せっかくの「ペチカの苦労というリアル」がうすっぺらく感じられてしまうのである。
……でも、こんなとこでつっかかるの、たぶん、わたしくらいじゃないかなあ。
ああもうなんて不便な。
というわけで、フィツー! と絶叫しながら下巻へ。朝まで読んでも終わらないので、
下巻は翌日に持ち越し。あやうく徹夜しそうになるほどおもしろい本に、こんな感想を抱く自分が情けない。
読了:2001.08.12 | 公開:2001.08.19 | 修正:2001.12.21