what i wrote: [2001/09/15]

*W* スイスから救急車 *W*
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[2001/09/15]

 13日のことである。道を歩いていると、すみません、と声をかけられた。声の主は、やや年配の女性。

「H総合病院はどこですか?」

 所在を尋ねられた病院は、奇しくもわたしの目的地でもある。しかし先方は自動車。病院の近辺には右折禁止や一方通行、方向指示に迷う五叉路などがあり、説明が難しい。

 躊躇したが、急いでいるようすだったし、行き先が病院であるからには、よんどころない事情があるのだろうと思い、意を決して車に乗り込む。「弁舌たくみに犠牲者を車に乗せたのはテッド・バンディ(※米国の連続殺人犯「アメリカの模範青年」の異名を持ち、一見すると好青年風だったらしい)だっけ?」などと考えつつ。

「姉がスイスで脳梗塞で倒れまして」

 聞き間違ったかと思った。しかし話は容赦なくつづく。

「今日成田に着いて、救急車で運ばれたっていうんで。姉の家がこの近くなんですよ」

 スイス? 成田? 米国で発生したテロ事件の影響で、ヨーロッパからの航空便も激しく乱れているはずだ。それに、くだんの病院があるのは――彼女とわたしを乗せた乗用車が走っているのも――神奈川県である。思わず訊き返してしまった。

「スイスですか?」
「ええ、スイスです」

 無事に病院に着き、そのかたと別れた。一時間ほどたったろうか、用事を終えてロビーに降りたとき、ふと外をみると、正面に救急車が停まっている。後部の扉は閉じているから、急患はもう運び終えたのかなと思いながら見ていると、車体中央部の扉から、まずサムソナイトのスーツケースがふたつ、次いで白人女性が姿をあらわした。

 救急車を見直すと、自治体名が書かれていない。ナンバープレートを見ると「千葉」。なるほど、わたしが案内した女性は、救急車より早かったようだ。

 リアルじゃない日常の、ひとつのかたち。

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