ついに旅人たちは北方王国の中心、かつてアストラが氷姫のためにうたった場所まで辿り着いた。だが、そこでかれらが見出したものは、アストラの記憶にあるような常春の楽園ではなく、氷雪に凍りついた廃墟だった。
落胆したアストラの心の隙を突いて、すかさず影があらわれる。彼の負債をとりたてるために。シリエンはそれを突き返し、アストラと影をつなぐ形代となっている指環を奪うが、アストラは受け取ろうとしなかった。うたびとだった証など、もういらない——。
無償の贈りものには魔法がつきまとうと諌めながら、シリエン自身が今はそれを探していた。彼がかつて氷姫に贈った、青の氷薔薇。こうなることを見越したとまではいわず、彼女の強大過ぎる魔力を抑えるために与えたものだが、今となっては、その氷薔薇と彼とのつながりが、かたく心を鎖した氷姫へと至る唯一の道標になるはずだった。
氷薔薇を雪のなかからみいだした妖魔の王とうたびとは、その記憶のなかに入っていく。
母の腹を蹴破って生まれたと伝えられ、その強大過ぎる魔力から父に疎まれ、命すらとられそうになりながら生きてきた姫の孤独を、妖魔の王が贈った薔薇は受けとめ、なんとか癒そうとしていた。その薔薇が呼び寄せた庭師こそが、姫の使い魔たちが一心に探した氷姫の想い人——訪ねあぐねて南方王国までたどり着き、アストラの心を乱して出奔させた原因ともなった北方人、ハルンラッドだったのだ。
そしてまたこの薔薇こそが、眠りつづける姫を一途に護ってきた存在でもあった。誰もたどり着けないように迷路の魔法をかけて。事情を知ったシリエンに、薔薇はたのんだ。どうか自分を砕き、姫の眠りを醒ましてください。
あらためて薔薇の惑わしを抜け、旅人たちは真実の魔法の庭に至った。今や氷薔薇は姫の心臓をつらぬき、彼女の魔力を滋養として生きながらえていた。それが姫のさいごの望みだったから。
たまがえしの唄をうたうことで、姫の想い人であるハルンラッドのたましいを呼ぶのは却って危険だと判断したシリエンは、アストラに命ずる。今こそ、おまえのうたびととしての資質を正しく発揮し、その神を宿す声をつかうときだ。闇の御子——アストゥラーダをうたうがいい。