ハルンラッドは帰らない。
春が訪れねばならない理由など、もはやどこにもない。
それならば、いっそ。
※以下、リンク先の解説は本編のネタバレを含みます。
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妖魔の王(シリエン/シルヴァーリエン):ついに魔法の庭に辿り着いた彼は、青の氷薔薇が紡いだ幻夢を砕くため、アストラを通じて南方の神・アストゥラーダの力を借りようとする。
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彼くらい永いあいだ生きていると、自分の望みも、拠ってたつところも、ずいぶん変化していくのだろうなぁ、と思う。
基本的には、人の営みにかかわることはするまいという立ち位置なので、よほど「妖魔がうるさい」ということにでもならない限り、なかなか人の目にふれるような場所に出現しないわけで、存在自体があまり知られないまま年を経ていくのだろう。
半分は神、半分は人。そして人に名づけられ、地上に結びつけられた者だ。
逆の見方をすれば、神でなし、人でなし、魔でもなし。
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アストラ:南方王国出身のうたびと。闇の御子アストゥラーダの神謡を宿したまま出奔したせいで、母国から執拗に追われている。
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神謡をうたいこなしたり、それを自分の中におさめたまま出奔したり、やりたい放題やってるわりには自覚のない彼。なぜか憎めない。
結末でついに人間であることすらやめた彼は、その後、〈夢語りの詩〉というシリーズものに語り手として頻々と姿をあらわすようになるので、たぶん元気なのだろう。シリエンよりよほど地上に在ることを楽しんでいる。短篇「仮面祭」ではバッチリおいしいところを攫っているという大活躍っぷり。
最後に彼に話しかけてきている風妖は、もちろんヒスリム。デュインも登場しているように、魔法の庭での事件は妖魔たちの注目するところだった。当然、この物見高い妖魔が見守っていなかったはずはない、ということで。
高い城壁も、橋のない大河も、もはや行く手を阻みはしない。
アストラの声はどこにでも届くだろう、そこに誰か聞く者がいれば、かならず。風の淀む場所以外なら、きっと。
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イザモルド:別名、氷姫。北の大地の女王となるべく、その身に膨大な魔力を負って生まれたが、父に疎まれて幽閉同然の半生を送った。理解者となるハルンラッドを得て、ようやく心をひらけるようになったかに思えたのだが——。
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ほんとうは、氷姫の生い立ちについて、もう少し前の段階で小出しにした方がよかったのかな。と、思わなくもない。どうもストーリーのバランスをとるのがヘタで、いつも最後がジェットコースター急展開になり、読者様にご迷惑をおかけすることに。自分も大変だが自業自得なのでそれはしかたないとして。
封じられた力ある少女というモチーフは、自分でも「同じことしか思いつけないのか!」と頭をはたきたくなるくらい書いているので、そろそろ違うこと書けよと叱られそう。
それでも名乗ってくださることこそ、あなたのやさしさではありませんか。
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青の氷薔薇:氷姫の庭に咲く、魔法の薔薇。破滅が訪れる前、シリエンがイザモルドの魔力を抑えることを考えて贈っていた。もとは天界の存在で、今はイザモルドの影響を強く受けている。
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薔薇がプロットに紛れこんできたのがいつか、実はよく覚えていない。最初から考えていた設定でなかったことは、たしか。
もとは、たしかハバラクがシリエンを見覚えている→北方王国の宮廷に行ったことがあるのか。でもなにをしに?→まぁ姫の誕生でも言祝いだんじゃないの? くらいの連想からはじまったはず。
薔薇を引き抜き、それを胸に突き刺したのは姫様ご自身。そうなってしまえば、姫が死なぬように養うこと以外になにができましょう。
それが魔の証拠でしょうか。
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ハルンラッド:植物の声を聞く才をもつ庭師。青の氷薔薇の呼び声に応えて氷姫のもとを訪れたが、心が通じたのもつかのま、戦場で命を落とした。うたびととして従軍していたアストラの父の唄によって、たましいを絡めとられてしまう。
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ハルンラッドは、ヴィジュアルのイメージが先にできて、そこからずるずると設定が進んでいった。植物の声を聞く者とかそういうのは後づけで、最初はまず白い髪の北方人在りき。
というのも、彼の方が薔薇より先に生まれたキャラクターなので、植物と結びつく必然性が、当初は存在しなかったからだろう。ただイザモルドが待ち望む相手としてイメージを結び、あとは必要と話の流れに応じて勝手に成長していったキャラクター。
姫様の青い薔薇のことでしたら、あれは姫様とよく似ています。
孤高をたもち、他とまじわることをよしとしません。けれど、その本質は非常に繊細で傷つきやすい。誰か自分のことを気にかけてくれと思うあまり、もっとも親しい者は別として、自分の方から他者を気づかうという心配りに思い至らないところがあります。
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アストゥラーダ:南方王国で崇められる神。闇の御子、黒の御子などの異名があり、夜と死、破壊を象徴し、未だ地上に関与しつづける神として絶大な力をふるう。
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アストゥラーダとアームラターが名前を交換している……というのは、同じ世界を舞台にした〈夢語りの詩〉の方で明かされるべき設定のような気がしなくもないわけで。アームラター本人は滅多に登場しないものの、その息子が主人公で絶賛頓挫中なのが『邪眼の王子』という話。本編中で語られる「西の沙漠で」とか「化鳥使いの国を」とかいうのは、『竜の哭く谷』の話。
天界の神々が地上に興味を失っているのと反比例するように、アストゥラーダは地上にかかわるのが楽しくてたまらない、地下の神。シリエンの(まだ存在しているなかでは)すぐ下の弟にあたり、古い女神の最後の息子でもあるので、立ち位置は微妙なところ。たしかに天界の神々とは違って当たり前というか。
我れが地上に騒乱を起こせしは、天界のものどもを引きずり出そうとしてのことだった。そなたにまみえるとは思いもよらなかった。
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アストラの両親:父親は「彼以上に黒の御子をうたいこなす者はいない」とまでいわれたうたびとだが、従軍時に北方人のたましいを唄によって獲得、南方王国を出奔した。母親は北方人の血を引いており、アストラが北方語を喋れるのはそのため。
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父親の方については、たぶんこいつはアストラに輪をかけた「唄キチ」だったんだと思われる。アストゥラーダは彼を利用したつもりだったかもしれないが、その本質はそこなわれないまま、むしろ「望むところだ!」くらいの心意気だったのではなかろうか。
母親の方は、実は『魔法の庭』を書く前にこれも同人誌で発表した短篇「果ての森」の主人公。名はリーヴァといい、生まれは北方、南方人の兵士に強姦された母から生まれ、疎まれて育ち、春を招くために望んで村を出たという芯の強い人。夫と子どもに相次いで置き去りにされても、みずから不幸に没入していかないのは、ひとえに彼女がもとから「強いから」……シリエンの記憶にすがりつこうとするエイーシャの心を動かし得たのも、彼女の人徳か。
この「果ての森」の内容はあらかた作中で語ってある。つまり、くじ引きに当たって村を出て、死にそうになったところでシリエンに拾われた……という。それだけの話。
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地上の曲:あとがきにかえて
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そしていよいよ、アストラによって音楽はその神性を別にして、ただどこまでも届く美しい音のつらなりとなる……というのが最終巻の着地点。
あらかじめ「書いたことはある」という代物だった二巻までと違い、三巻は人跡未踏の荒野をひぃひぃいいながら進む感じで、書くのは大変だった。自分でも話がどうなるかさっぱりわからないし。
アストラが半妖になることだけは、はじめから決まっていたはず。でないと、〈夢語りの詩〉の詩人って誰? ということになってしまうので。
いま見ると至らないところも多いが、自分のなかの「ファンタジー世界」の総決算のようなシリーズで、ああ、やるだけのことはやっちゃったな、という感が強かった。もうなにをやっても、これの縮小再生産にしかならないだろうな、と。
おかげでこのあとしばらく、ファンタジーが書けないような気分に陥ったほど。まぁでもそれしか書けないので、今も書きつづけてはいるわけだが。
——妖魔になったら、どんな感じかなあ。
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