氷姫の呪いに凍りついた北の大地を旅する、シリエンとアストラ。南方人がイザモルドの庭で歌をうたったとき、彼女が涙から創りだした金剛石の妖魔の名さえわかれば、妖魔の王はもうアストラの案内など必要としないはずだった。
しかし、久しく名を明かす技をもちいてこなかったシリエンは、未だその妖魔の名を知ることができずにいた。そして、行をともにするアストラのもとに、南方からの追手があらわれた。
アストラとまったく同じ容姿の相手——彼の似姿をとるよう、彼の名を被せられた存在。それはアストラの影で、もはや現身でもなければ幻影でもなく、切り離すことのできない絆をもって、アストラを追ってくるのだった。彼の中身を吸いとって、みずからが光を受ける側となるために。
逃れられない追手のほかに、かれらは北の大地の滅びに応じて目覚めはじめた、古い神からも姿を隠さねばならなかった。
南方の追手が氷姫の魔力渦巻くこの遠方までやって来ることに不審の念を抱いたシリエンは、アストラの名を通して彼の記憶を覗き見る決意をした。いわれもなく、ここまでの術を施すはずがない。なにかを求めてやって来たなら、それを与えて返せばよいことだ。
アストラの記憶。うたびととしての栄誉をほしいままにし、王都随一よと褒めそやされた彼は、しかし冴えない表情でつとめをこなしていた。そのとき、彼の心はすでに見出していたのだ。自分が囚われ、身動きもできないほどに縛りつけられているこの職務上の歌以外にも、この世には魅力的な音楽があることを。そして、どうしてもそれを手に入れたいことを——彼が見たのは名も知らぬ楽器を抱えた北方人の女。そして聴いたのは、彼女の高く通る声がうたう、南方にはあり得ない旋律で組み立てられた歌だった。