おまえが言ったのではなかったか、私を運命の外に生まれし者と。
私は世界の狭間に生きる者なのだ。名など持たぬ。
※以下、リンク先の解説は本編のネタバレを含みます。
●
妖魔使い:見かけ上はまだ少年とも呼べるが、実際は人ならざる存在。妖魔の名を見出して奪い、おのれの下僕として仕えさせている強大な術者。
read more... »
もとは高校生のころに生まれたキャラクターで、当時ぼんやりと考えていた魔法使いの少年……の冒険譚から派生して、彼が知り合う「風の魔法にとらわれてしまった」少女をかつて導いた銀色の魔法使い、という位置づけだった。そのころはまだ妖魔や世界を創造した神々、南方王国などの設定は存在していなかった。
……というのがわかったのも書き上がるころになってから。ほぼ全編に渡って「こいつ誰なんだろう」と思いながら書きつづけ、巫女が彼に名前をつけようとしたときにようやく「あっ、キミはひょっとして昔馴染みのキミか!?」だったわけで。ほんとうに、自分がなにを書いているのか知らない書き手で困る。
おまえが言ったのではなかったか、私を運命の外に生まれし者と。
私は世界の狭間に生きる者なのだ。名など持たぬ。
« hide
●
大巫女:生命の女神の神殿に仕える。代々ひとつの名前と記憶を受け継ぎ、未来を識るという運命の織り物を織っていた。神殿の滅亡と世界の危機を預言し、長虫を倒すべく後を追うことを決意する。
read more... »
原型になる「長虫」という話を書いたときには、作中に登場する唯一の人間だった。
苦労して創ったわけでないぶんとくに思い入れもなく、しかしなにも考えずにぽんと出てきたからには、わたし自身と近しいキャラクターなのだろう。
そして、なんと心地よいのだろうと考えた。
名前を呼ばれるということは、かくも甘美なことであったかと。
« hide
●
長虫:目の前にあるものすべてを破壊して世界の果てを目指す、人の理解の範疇を超えた巨大な異形。なぜ生まれ、どうして進むのか……。
read more... »
たぶん「長虫」という言葉を最初に意識したのは、ウィリアム・メインの小説『闇の戦い』(スーザン・クーパーの同名シリーズとはまったく別の話)。高校の図書室で読んだこの重苦しい本が好きで、後日買い直したのに、遊びにきた友だちが「あ、それ読んでみたいと思ってたんだ」と持って行ってしまってそれっきり。ちなみに彼女は彼女で『影との戦い』(ル=グウィン。もちろんゲド戦記)と間違って持って行ったらしい。理不尽な!
長虫の設定自体は、「長虫」を書く前にすでにあって、最初にイメージしたのは霧深い世界の果ての海を眺めつつ、少女が変革の到来を待っているというようなシーンだったと思う。
大きい。残された痕跡から推測はしていたものの、大きすぎるほど、大きい。これでは世界の果てにたどり着く前に、みずからの重みで崩壊してしまうかもしれない。
« hide
●
エウテシュ:生命の女神の神殿に仕える巫女のひとり。次期大巫女候補と噂されていて、予見の能力も高かった。だが彼女は滅びを受け入れる神殿と訣別し、長虫に立ち向かう未来を選ぶ。
read more... »
三人の巫女でいちばん書きやすかった。こういう「わたしは正しい、だから自分の道を行く、文句あるか」系のキャラクターはたいへん書きやすい。突き進むために切り捨てるものも多くあって、それゆえの自分の欠損にも気づいているものの、でもやはり前進を選ぶ、というような。
当人は自分の力が及ぶ限り頑張って、それなりに納得のいく人生を送ったのではないかと思う。もっと違う時代、違う場所に生まれていればと希うことは、あっただろうけど。
あなたのようなものを生み出せるのなら、女神も、女神のつくりたまいし世界も、まだまだ捨てたものじゃないと思うのよ。
« hide
●
ハライ:神殿に仕える巫女だったが、近隣の村人と恋仲になっていた。神職をときはなたれたとき、彼女は恋人のもとへ向かい、ふつうの女性としての幸せを求める。
read more... »
おそらく本編中でいちばん気の毒なキャラクター。しかも彼女が末期の呪いを託したものは大巫女とトゥラによって救われたのに、彼女自身はとっくに死んでいるわけで。あとからもたらされた救いも、関係ない。
もっとも、すべての負の感情を霧魔に押しつけて死んだのだから、彼女のたましいは綺麗な存在になって混沌へと向かったということになる。ある意味、自力成仏の人。
……そうよね、あたしは結局ふつうのおかみさんになるの。ぼろぼろ子どもを産んでやるわ。ひとりやふたり飢え死にしても平気なようにね。
« hide
●
トゥラ(トゥーリヒア):行くべき場所もなく、途方に暮れて神殿に戻り、大巫女の器となって名を継いだ巫女。とりたてて才能があるわけでもなく、おとなしい彼女が選んだ運命は。
read more... »
実はこの子が登場人物中で最強なのではないかと思う。なにもかもを、しなやかに受け入れてしまうから。
エウテシュとハライはしっかり「こういう子だ」と見定めて書いたが、トゥラに関しては「こうなっちゃった」という感じで、そういう意味でも最強。
あなたにこの名をお預けすれば、大巫女さまのお力になれますか。
« hide
●
妖魔:女神のことわりの外に存在するもの。本来実体はなく、異界に所属するが、契約した妖魔使いの招請には応じねばならない。
read more... »
名前があって活躍したのは、風の妖魔ヒスリムとか。『魔法の庭』でもちらりと登場したヒスリムは、最大最強クラスの妖魔。
風の妖魔は、妖魔のなかでももっとも地上とは縁が薄く、空間のみならず時間も飛び越えるという設定。そのため、順序立ててものごとを考えるのも本来は不得手。ヒスリムが人間くさいのは、かなり永いあいだを地上で過ごしているから。
オモシロガルノハ私ノ自由ダロウ。ソレトモ、シモベニソンナ自由ハナイトデモ?
« hide
●
風の名前:あとがきにかえて
read more... »
本の方には「あとがき」がないので。
何回か言及したように、もとは発表するあてもなく書いた枚数もさだかならぬ原稿で、コピー誌に仕立てて知人に無理矢理配布。そのときに、この世界の骨格がずいぶんできあがったと思う。短篇では世界の断片しか描き得ないので、ある程度の量をまとめてようやく、骨組みになる。
妖魔使いについての物語は、まだいくつか書こうと思えば書けなくもないので、また、あてもなく書いてもいいかなぁ、と思っている。今ならコピーをしなくても、ウェブで公開できるのだし。
ところでこの本の題名である『風の名前』なのだが、なんでこんな題名なのか、つけた当人が実はよくわかっていない。プロットを提出するときに、「長虫」ではあんまりだろうと思って捻り出したのが『風の名前』という仮題。……で、まさかそのまま発売してしまうとは思わなかった。意味はわからないのだが、もはやほかの題名で考えることはできないので、これも正しい名前なのだろう。
だが最後に、ささやきに似た声がひとつの名を彼の耳もとで告げた。
少年はそのかすかな響きを追って顔を上げた。
« hide