CHANGELING - a funeral of WHITE
10
死者の魂は、この世を超越する。すべての法則にとらわれなくなる。
時間の流れにも、空間にもわずらわされず、全知となる——澄み渡った魂だけが、その恩恵か、あるいは呪いともいうべき力を得る。
みずからの一生をふり返り、残したものの未来を透視する。
煙突を抜け出てきた魂は、すべてを知っていた。
それでいて、なにも感じていなかった。
かれらは情動とは無縁だ。死を最後に、魂は変化をやめる。なにものもかれらを傷つけず、また癒しもしない。死の瞬間、魂は凍結し、完成されたものとなる。
そして、〈輝きの野〉では神々の糧となる。
この世では、どうなるものか——彼は考えたことなどないし、知りたいと思ったこともない。
斬れば消えるだろうが、では消えるというのがどういうことなのか、となるとやはり手の届かない問題だった。
わかりようがないのだから、考えるだけ無駄だ。
剣はなんの抵抗もなく鞘から抜きはなたれ、静かにかがやいた。
——死だ! 死だ! 死だ!
螺旋は叫びつづけていた。言葉にすれば現実になると望んでいるかのように。
彼は意識を澄ませ、思いきり横に薙いだ。
魂は揺れ、風圧を感じたかのようにわずかに遠のいた。
——斬れていない。
自分に迷いがあるのか。斬れると、信じきれていないのか。
もし、死者が意志をもって動くことができるなら、あの魂はみずから彼の剣に飛びこんだだろう。自分が利用されて娘の災いになるより、消えることを選んだだろう。
だが、それは動かない。
無力にたちのぼり、すべてを知りながらその知識によって活動する意志を持たず、異界へとつづく螺旋に吸いこまれていくばかりだ。
行為するのは生者の役目だった。
「もう、あの娘を守ることはできない」
——死だ!
螺旋は叫び、魂は静かに聞き入っていた。
「お前には、もう、なにをすることもできない」
死ぬまでとことんつきあうよ、と娘に告げていたあの魂は、もはや凍りついた。ここにあるが、失われたのと同じだ。
あっても、なくても、違いはない。
一瞬の逡巡の後、彼は足先で煙突を蹴り、宙に舞った。
螺旋が乱れ、唸りが途切れる。
ふりかぶった剣尖が呪力をはじいて光芒をはなち、そして消えた。
——非在のものを斬るならば、剣もまた非在に。
この一瞬、剣の遣い手である彼自身もまた、祖父に近しい存在に。母の血を辿り、生身を脱ぎ捨てた〈善き人々〉と同じように。
変化して——斬った。