CHANGELING - a funeral of WHITE

8

 異変が起きたのは〈琴手〉の予測通り、棺が火中に投じられてからだった。
『リン、煙突です』
 葬儀場の外で待っていた彼は、即座に跳躍した。一瞬で、高い煙突の天辺にとりつく。
 熱と煙を、風が追い払った。ほとんど自動的に、あたりにいる〈善き人々〉が助力してくれているのだ。
 陰に日向に、母は彼に力を貸してくれる。彼女の庇護のもとで戦っていることに、ふと気づかされる。
 ——なにも今、考えなくとも。
 煙突の上に、光の螺旋が生じかけていた。外へ広がり、内へすぼみ、永遠に終わらない螺旋は拡大し、また縮小する。そのゆるやかな回転にともなって、鈴を鳴らすような音が次第に高まってくる——おそらく、この世のものには聞こえない音だ。
『では、たのみます』
「わかった」
 直視するにはまばゆい光を宿す周縁部、そして夜よりも暗い闇を宿す中心部。そのさらに向こうを見透かそうとすれば、紺青の波、沈んだ都市、そして光が感じとれた。
〈琴手〉はおそらくその場に飛び、術者を押さえるつもりだろう。
 渦の回転にともなう音は、もはや轟音といっていい。彼を圧倒し、覆いかぶさるようにして包みこむ。
 銀の短剣を両手に持つと、彼は煙突の出口をちょうど囲むように円を描いた。はじめは螺旋に沿うように、そしてやがて断ち切るように。
 銀の刃ははげしい光をはなち、暫し術者が描いた呪円に抗していたが、ほどなく儚い音を残して崩れ去った。
 ——全力で来ているな。
 小物の妖物なら退けられる程度の力はこめられているはずだが、いささか相手が悪かったようだ。
 こうなると、生身の剣士である彼には、落ち着いて待つことしかできない。
 ——心を鎮めろ。
 光が彼の周囲を通り過ぎてひろがり、騒がしい闇が降りてくる。まるで、もの凄い勢いで狭い通路を通り抜けているかのような錯覚にとらわれる。
 ——そうだ、錯覚だ。
 彼自身は未だに煙突の上に立っている。この世ならざる視力の持ち主ならば、回転する螺旋を見たかもしれないが、そうでなければ、黒いコートをまとった少年の姿を認めるだけだろう。
 足裏に、熱いものを感じる。屍体を焼き尽くす熱だ。
 ——死だ!
 彼を覆う螺旋は、歌いはじめていた。
 ——死だ! 死だ! 死だ!
 炎熱に肉体は滅び、骨も砕け、なにもかもが消え去ったのだ。残るのは死だけだ。暗闇が視界を覆い、聞こえるものは螺旋の唸りだけになっていた。
 ——死だ! 死だ! 死だ!
 だが、彼は惑わされなかった。
 彼は生きている。生きて、ここに在る。
 この術をもちいている者もまた、生きてかなたの世界に在る。そして、〈取り替え子〉の力を求めている。
 ——なぜだ。
 一歩間違えば破滅するとわかっていて、なぜ力に執着するのか。
 他を圧する力などなくとも、人は立派に生き、死んでいくことができるというのに。
 たとえば今、この建物の中で焼かれている死者たちの誰が、人も羨むような力を手に入れたというのか。おそらくは平凡な一生を終えただけのかれらを悼んで、これだけの人が集まり、悲しみを燃やし尽くすために巨大な火が焚かれている。
 なぜ、それで満足できないのか。
 足下にせり上がってくる魂の波動を感じ、彼はコートの内に手を入れた。長剣の柄は、いつもと同じにひんやりとしていた。
 斬るなら、かなたの世界でこの術をもちいている者を斬りたかった。
 力を求めるあまり、人の死をも利用しようと思いつく者に、相応の死をもたらしてやりたかった。
 だが、彼がいるのはここで、あちらではない。
 そして守るべきは死者の魂ではなく、まだ生きている〈取り替え子〉の安全なのだ。