CHANGELING - a funeral of WHITE

5

 ことが世界の境界を越えての術となれば、主導権を握るのは〈琴手〉の方だ。罠は張り終えたという連絡さえ受け取ってしまえば、そのことについては、任せておけばよかった。
 彼のつとめは、〈取り替え子〉の守護だ。
 連絡を受けたように計画を立てて娘を狙う者もあれば、あの娘が潜在的にそなえる強靭な力にどうしようもなく惹かれ、あちらとこちらの繋がりが強い時期に、ふと境を越えてきてしまう存在もある。
 後者の場合、ただ娘を殺そうとしてしまう。殺したからといって力が手に入るはずもないと思うのだが、なぜか、そうなる。
 そういう代物が剣呑な欲望を実現させる前に処理するのも、彼の仕事の内だった。一々、警告など届かない。彼が自分で発見し、消し去るだけだ。
 なぜ、力が欲しいのか。
 モルガヌにも問うたことがあったかもしれない。いや、モルガヌを訪ねてきた〈騎士〉の誰かだっただろうか。
 ——わからぬなら、それでよいのではないかな。
 アェドだ。あの男の口調で、答を聞いた覚えがある。
 ——気になるから訊いている。
 彼がそう返すと、ふむ、とアェドは髭をしごき、独特の笑みを浮かべたはずだ。
 少し、彼は記憶を遡った。そうだった。アェドは悪くない剣士だったが、彼から見れば間違った剣の遣いかたをすることがあった。モルガヌの教えを乞うて来た男たちを何人も見て来た彼は、間違っていると気づいても黙っていた方がよい、というくらいの分別は身につけていた。
 モルガヌの息子たち同士の喧嘩は禁じられていたし、いかにも幼い彼が間違いを指摘すると、たいがいの男は侮辱されたといって怒ったからだ。
 だが、アェドのときはどうしたことか、久々に指摘してしまったのだ。間違っている、と。
 彼には見えた。正しく遣われるべき剣の動き、刃の描く軌跡が。
 アェドは怒らずに彼の指摘を聞き、正しい遣いかたについて教わると、前より少しはましな遣いかたをして、なるほど、とうなずいた。これで少しはよくなったか、と問われてうなずき、思わず尋ねてみたのだ。
 なぜ、力が欲しいのか、と。
 ふつうの戦に充分な強さを、アェドは既にそなえていた。モルガヌを訪ねるのも、はじめてではなかったのだ。なのに、もっと強くなりたいと言う。力が欲しいと。
 ——ではこう考えてみろ。空腹を抱えた旅人が、腹を満たすものを求めるなら、まずどこへ行く。富む者のところよ。分け与えてくれとたのみに行く。
 ——モルガヌが、富者か。
 ——そうだ。おれは哀れな貧者だな。お前は富者を前になにも望まない。なぜか? 腹が減っていないからさ。
 つまり、とアェドは結んだ。
 ——お前は力を望まずに済むほど強いのだろうよ。
 彼は即座に否定した。
 ——そんなことはない。
 少なくとも、まだモルガヌその人に勝てるとは思えない。だから正直に、自分は強くないと答えたのだが、アェドはなぜか、それを笑いとばした。
 ——そうか? では別の答が必要だな。
 ここでモルガヌが姿をあらわしたのだ。彼女はくちびるを引いて笑みをつくり、ふたりを見比べた。
 ——どういう答だね、アェド。
 ——自分で考えさせるが吉、という奴さ。
 ——なるほどねぇ。甘やかしちゃいけないね、たしかに。
 モルガヌは、息子たちを誰ひとりとして甘やかしたりはしなかった。マァハには甘かったかもしれないが。
 彼自身、あの少女には親切にしてやった記憶しかない——。
 ——自分で考えな、リン。
 鴉がモルガヌの肩で首をかしげ、その光る眼で彼をみつめていた。まるで鴉に話しかけられているようだ、と思ったのを覚えている。
 ——強くなりたい理由は外からもたらされるものじゃないよ。自分で考えな。
 以来、ときおり思いだして考えてみるが、やはりわからない。人にせよ、人外の存在にせよ、なぜそうも力を求めるのか。
 自分だとて、強くなりたくないわけではない。だが、がむしゃらに強さを求めたりはしない。
 なにがその違いをもたらすのか、それを知りたかった。