CHANGELING - a funeral of WHITE

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 娘の母親が死病に罹っていることは、知っていた。それが〈輝きの野〉からもたらされたものであることも。
 彼には〈悪神〉の血が流れていたから、感じとらないわけにはいかなかった。
 ——人の身では、二年ももてばいい方か。
 去年はもう病んでいた。一昨年は、それと気づかなかった——だから、彼が〈輝きの野〉に戻ったベルテインの祭りか、次に渡ってきたサウィンの祭りか、どちらにせよ二つの世界が近づく機会をみはからって、呪いはかけられたのだろう。
 娘を警護するため、彼はその母親が入院している病院へも足しげく通うことになったが、門の中までは入らなかった。今も、病院を囲む石垣で報せを受けた。
 昼間は比較的安全だし、〈丘の下の王〉の手の者がよく見張っていてくれた。〈女王〉が差し回した〈琴手〉も、異常があればすぐ報せてくれる手はずになっていた。
 あちらはあちらで、娘に死なれては困るのだ。時期的に。
 気は進まないが、〈琴手〉とも情報は共有しておくべきだった。彼はポケットから携帯電話をとり出した。たちまち、画面に馴染みのグレムリンが顔を覗かせる。
『なんだなんだ、なんの用だい』
「ターリに伝言だ。〈取り替え子〉の母親の魂が狙われているらしい」
 低い声でつぶやきながら、あの〈琴手〉はもうこのことを知っているのではないだろうか、と考える。得体の知れない存在だ。
 ——ターリに気を許してはなりません。
 氏族を統べる母から、はっきり、告げられていた。凛とした声は、今もあざやかに耳によみがえる。それに答える自分の声も。
 ——彼は敵なのですか。
 ——敵、ではないでしょう。むしろ味方と言っていい。ですが、気を許しては駄目。こちらの考えるようには動きません。
 言われるまでもないことを、といぶかしんだのが表情に出たのだろう。わずかに、表情が変化した。あれは微笑だったのか。
 読みきれないまま別れを告げて、こちらへ来た。
 ——二年か。
 我知らず、思考が同じところを巡りつづけていた。
 あの娘の母親は、二年、もった。
 彼は顔を上げ、層雲に覆われた灰色の空に視線を投げた。
 ——あと何年のお命なのか。
 どうしても、彼の考えはそこへ行き着いてしまう。
 彼の年齢と同じだけ、彼女は耐えているはずだった。覚悟はできている。いつ失っても動揺はしない。あらかじめ、予定されていることなのだから。
 頬に冷たい滴を感じて、彼は顔を伏せた。
 煉瓦敷きの歩道は、車回しの縁に沿って病院の正面玄関へとつづいている。その表面に、灰色の斑点が次々とあらわれはじめていた。
 雨だった。
 雨宿りを装って病院の軒先へ駆け込むには、好都合だった。