CHANGELING - a funeral of WHITE

1

 丈の長いコートの前を合わせ、フードを目深にかぶり直した。
 春といってもまだ浅く、風は冷たい。石垣に座ってからどれくらい時間が経過しただろう、すっかり身体が冷えてしまったのを感じる。
 だが、耐えられないほどではない。
 ——むしろ、なまぬるい。
 異常を感じた方へ視線をやると、予想に違わず、そこに〈善き人々〉がいた。
 かたく閉じた花の蕾の上にうずくまるその姿は、淡い緑のかがやきをはなっている。凝縮された光と熱が、花弁に、茎に、葉脈に。注ぎこまれ、一気に活性化するのが、彼には見えた。
 気がつくと、〈善き人々〉は立ち上がり、まっすぐに彼を見つめていた。
『〈丘の下の王〉の娘御から言伝だ』
 彼は視線を返した。瞬きだけで、先をうながす。
『去り行く魂の光を盗もうとする者がいる』
 気だるい口調でつづけると、〈善き人々〉はほころびかけた蕾の上に寝そべった。もとから曖昧だった輪郭が揺らぎ、薄れかけている。しかし彼は妖精のようすには頓着せず、伝えられた言葉だけを吟味するように顔をしかめた。そんな表情をすると、体格の割に幼く見える。
「予見か。おれが失敗するとでも」
『いかにも予見だが、お前が護っている娘のことではない。母親の方だ。とらえて、娘を喚ぶのに使おうとたくらむ者がいる』
 もういちど、彼は瞬いた。無言で立ち上がるとコートの前が風にひるがえり、ジーンズに包まれた足が見えた。そして、その横に吊られた黒鞘の長剣が。
 コートのポケットに手を入れて前をあわせる。ボタンを閉めてしまわないのは、必要なときすぐ使えるようにだ。鞘を目にしても、その正体に思い至る者は少ないだろうが、目立たないにこしたことはない。
 人ごみにまぎれるようにと〈琴手〉に呪いをかけてもらったが、気休め程度にしか期待していなかった。そんなものにたよって、どうするのだ。術がやぶれたら? 対処などできない、彼自身は、ただの戦士だ。
『どこへ行くのか、死を喚ぶ者よ』
 花に命を託した妖精は、問いかけを残してかき消えた。ふり返りもせず、彼は答えた。
「行くべきところへ」