what i read: ショコラ


*Cover* 書名ショコラ
"CHOCOLAT"
著者ジョアン・ハリス Joanne Harris
(那波かおり:訳)
発行所角川書店(角川文庫)
発行日2002.06.25(角川書店/2001.03)
ISBN4-04-290601-X

 街から街へ、風の向くまま気の向くままに放浪をかさねてきた母娘、ヴィアンヌとアヌーク。彼女たちが仮の宿りに選んだのは、ランスクネ・スー・タンヌという小さな村だった。ヴィアンヌは広場に面した空き家を借り、そこにチョコレートの店をひらく。
 小さな村には不似合いな、瀟洒なチョコレートを売る店。だがそこで、ヴィアンヌは着実に地歩を築いていった。
 年老いた犬を愛する老人、盗癖のある女性、神父に睨まれている果樹園のあるじ――そして街はずれに住む、ふしぎな老女。
「あんたは魔女だね」
 ヴィアンヌの母は、たしかに魔女だった。そしてヴィアンヌは人の心を読むことができ、おさないアヌークは人の心を動かす力を持っていた。店を訪れる客に、かならずかれらが気に入るチョコレートを差し出せるのは、その力ゆえだったのかもしれない。
 そして、村は少しずつ変化していった。だが、神父や村民会のメンバーには、そうした変化をこころよく思わない者もいたのだ――。
 同名映画(*1)の原作でもある『ショコラ』が文庫に落ちた(*2)。以前からすすめられていた本だったので、楽しみにして手にとったのだが、期待以上のおもしろさだった。
 ふしぎな力を持っているような、持っていないような。そんな曖昧な描写で、日常生活にほんものの「魔法」を吹きこんでいく作者の手腕が、ファンタジー者的には読みどころなのだと思う。
 人の望み、その周囲にたちこめる雰囲気、突然訪れる不安なヴィジョン、強い印象だけがさっと見える――そういった、直感の延長線上にある「魔法」。嘘っぽさも、儀式張ったところもなく、ただ素朴に「そんなこともあるかもしれない」と信じられる要素が、何ヶ所かに挟みこまれている。

 それはたしかに物語の根幹をなしてもいるのだが、同時に、そうした「魔法」の数々がなくとも、この物語自体は成立してしまいそうな気がする。
 流浪の女性ヴィアンヌ、彼女が連れている少女アヌーク――孤独な少女は、自分だけの「目に見えない友達(インヴィジブル・コンパニオン)」、パントゥフルという名のうさぎのような動物を連れている――ふたりのよそ者に、時の流れに忘れ去られたかのように凝固した村の人々が少しぶつ変化をもたらされ、かきまわされてゆく、短い期間の物語。
 幅広い年齢層にまたがる、ひとりひとりのキャラクターの立てかたがみごとで、どのひとりをとっても、実際にランスクネ・スー・タンヌの村があり、そこに住んでいるのではないかと思わせる。
 とくに年老いた人々の描写は魅力的で、ヴィアンヌの店の常連となる奔放な老女アルマンドには、こういう風に老いを迎えたいなあ、と思わされるほどだ。

 そして物語のもうひとつの主役は、題名になっているショコラ、すなわちチョコレートである。
 この本を読んでいるあいだ、どれほどチョコレートが食べたかったことか。それも、スーパーで売っているような代物ではなく、デパートの地下などで売られている有名店の、一個が百円以上するような、よい原材料で手間ひまかけて作ったようなチョコレートだ。
 ゴディバでもなんでもいいから食べたい、と真剣に思ったのだが、夏の暑さに負けて、買い置きしてあった普通の板チョコで我慢した。
 とっておきのチョコレートを用意してから読むべし。そんな一冊である。
 以下に、ヴィアンヌの魅力的な店を覗いたレノー神父の独白を引用しておこう。……ああ、またチョコレート食べたい病が!
 今朝、ショー・ウィンドーをのぞいてみました。白い大理石の棚に、金や銀の紙でできた箱、包み、三角袋がところせましと並んでいました。どれもこれも、薔薇飾りや鈴や花やハートや、カールをつけた多色づかいのリボンなどで飾られています。そして、ガラスの皿の上には、チョコレート、プラリーヌ、トリュフ、砂糖をまぶした菫の花……などが、半分だけ閉じたブラインドによって太陽光線から守られ、沈没船の宝のようにほのかに輝いている。月並みな譬えですが、アラジンの見つけた洞窟の財宝のようでした。そしてそれらのまんなかに、大作が鎮座していました。お菓子の家です。壁は、チョコレート掛けのパン・デピスで、金・銀のアイシングで細かな飾りが描きこんである。屋根瓦はフィレンツェ風クッキー。その屋根まで這い上がっている、果物の砂糖漬けとアイシングとチョコの絞り出しでつくった奇妙な蔓植物。そして、チョコレートの樹木には、マジパン製の小鳥たちがさえずり……そう、魔女がいました。とんがり帽子からマントまですべてチョコレートでできて、空飛ぶ箒にまたがっています。箒は巨大なマシュマロ――。祭りの屋台の貸し家の棚からぶらさがっているような、大きくて長い、ねじりを入れたマシュマロです。 p.32より

*1 同名映画
ジュリエット・ビノシュとジョニー・デップが出演して、こちらも非常に評判がよい。筆者は未見だが、既にソフトも発売されている(DVD
*2 文庫に落ちた
単行本は、同じく角川の「BOOK PLUS」シリーズから2001年に刊行された。このときから評判もよく、読むように勧められていたのだが、書店店頭で見当たらず、読みそびれているうちに文庫化。

読了:2002.07.25 | 公開:2002.08.04 | 修正:-


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