『ウォーターソング』(
*1)の著者の最新作。あとがきによれば、十一ヶ月ぶりだとか。
一子は中三、受験生だった。
「自分の目に見えるものだけが世界の全てだとしたら、こんな楽な話はねぇよ」
のほほんとした日常を送っていた一子の視界に、ある日颯爽とあらわれたのは、名門で名高い御堂学園の滋賀柾季だった。自分に向けられた言葉ではなく、ただ周囲の同年輩の男子どもを黙らせた彼のその声と言葉に、一子は手にしていた卵パックをとり落とした。
「もっとも楽に流れた瞬間、お前らの生きる意味は半分に減るけどな」
その日から、一子のストーキング生活(笑)が始まった。制服で高校にあたりをつけ、情報屋からあやしげな情報を買い、学年も名前もつきとめた。そして――今日もお年玉貯金をおろして買った双眼鏡で、一子が通う中学に隣接するその御堂学園に、柾季の姿を探すのだった。
そんなある日、一子の双眼鏡は異様な光景をキャッチした。なんと校舎の屋上で、柾季が犬に襲われているではないか! とるものもとりあえず駆けつけた一子は、柾季を襲う犬を思いっきりぶちのめした。唖然とする柾季と目があってはじめて我に返り、あまりの恥ずかしさに脱兎のごとく逃げ去った一子。
そして翌日、柾季が中学の校門にあらわれ、一子を呼び出した。
「今日からお前は俺の使い魔。そんで俺は、この地でウィッチクラフトを修める魔女だ」
なんと、一子は柾季の使い魔の儀式を邪魔してしまったというのだ。滋賀くんてそんなアブナい人だったの! と思わず退いてしまう一子だが、彼の言葉は真実で――。
いや、おもしろかったー!
キャラクターが全員生き生きとしているし(ことに、傍若無人なまでに飄々とした「魔女」滋賀柾季と、パニックに陥って無茶苦茶なことをやりがちな主人公・一子のコンビは絶妙)、物語もうまくまとまっている。
実はこの本を買おうか買うまいか、ひどく迷った。
書店の店頭でぱらぱらとページをめくったとき、巨大な写植が目に入ったからだ。
……わたしは写植のサイズが小説の本文中で変わるのが、とても苦手なのだ。そこでサーッと現実に戻ってしまうから、そういう本は滅多に買わない。それで、手にとっては戻し、を二回くり返した。
三回めに、ようやく、
「でも今買わないと二度とこの本と巡り合えないかもしれないし」
と思いきって購入。買ってよかった。巨大写植など、微塵も気にならなかった。
とにかく文章のテンポがいい。おそらく、読者であるわたしにとって、相性のいい文体なのだと思う。読んでいてひっかかる部分がないし、とても心地よい。
これが好評ならシリーズ化されるのではないかと思うので、例によって、売れますようにと手を叩いてみる。ぱんぱん。売れますように。
魔女・滋賀くんの活躍を、もっと読みたいし。
あー、ただし、キャラクターの好き/嫌いで完全に評価がわかれる本だと思われる。わたしはこういうキャラクターがたいへん好きなので楽しく読めたが、そのへんを取り除けてしまうと、とくに凝った設定や展開というわけでもなく、マニア心をそそるなにかがあるわけでもない。
しかし最近、ふつうの人に楽しく読んでもらえる小説は、あまり設定に力を入れない方が正解なのではということをちょうど考えていたところだったので、これは、まさにそのへんのツボにもハマったような気がする。そうか、これくらいの説明でもべつに楽しく読めるじゃん、……みたいな。
あああ、貶しているのではなくほめているのだが、不快に感じられたかたがいらしたら、申しわけない。最近、このへんのバランスのとりかたに興味があるので、つい、こういう書きかたになってしまうだけで、他意はない。
- *1『ウォーターソング』
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コバルトノベル大賞受賞作を含む短編集(中編集?)
読了:2001.06.25 | 公開:2001.07.06 | 修正:2001.12.18