what i read: タランと角の王


書名タランと角の王〈プリデイン物語1〉
"The Book of Three"
著者ロイド・アリグザンダー Lloyd Alexander
神宮輝夫:訳)
発行所評論社(児童図書館・文学の部屋)
発行日1977.12.20
ISBN4566010155

 新年最初の読了本がこれ。
 実家に帰ったとき、置きっぱなしになっている数少ない本の一冊にこれが含まれていたことを思いだし、あわてて読み返す。理由:ケルトだから(ただし、アイルランド系ではなくウェールズ系、いうなれば『マビノギオン』系なのだが)
 版が古すぎて、わたしが読んだ本にはISBN表記がなかった。
 タランは予言者ダルベンとコーと三人でカー・ダルベンに住み、予言をする豚として知られるヘン=ウェンの世話をして暮らしていた。コーは蹄鉄や鍬の鍛えかたを教えようとするが、若いタランは剣を鍛え、吟遊詩人の勲しに出てくるような冒険をし、武勲をたてたいと望んでいる。そんなに地位が欲しいなら今日からおまえは「豚飼育補佐」だと言われ、そんなの今までと同じだと嘆くタラン。
 だがその平穏な日々が突然破られた。なにかに脅えて農場の動物たちが突如逃げ出したのだ。蜜蜂は巣箱から飛びたち、鶏たちは柵をこえて逃げてしまった。ダルベンはヘン=ウェンの予言の力が今こそ必要だと支度をはじめるが、そのヘン=ウェンが逃げ出してしまう。あわてて後を追ったタランは無気味な角をつけた巨人とその軍勢を目撃して命を失いかけ、みすぼらしい身なりのひとりの男に助けられた――彼は実はヘン=ウェンの予言を求めてダルベンのもとを訪ねる途中だったという。タランが目撃した巨人は角の王といわれ、冥府アヌーブンの王アローンの戦将であり、プリデイン全土に危機が迫っているのだと説く。
 だが肝心のヘン=ウェンは逃げてしまった。タランとその男ギディオンは、ヘン=ウェンを探す旅に出ることになった。
 児童文学のもはや古典的ファンタジー。
 著者のことばにあるように、ウェールズの神話伝承から多くのモチーフや人名、語感を借用しているが、近くて遠い別世界を作り上げている。
 とにかく猪突猛進で単純明快なタランとともに、その世界を楽しみ、冒険に心躍らせ、未来を夢にみて、幻想と現実のギャップ、偉大な英雄をつくるものがなにかを知るための旅に出るための一冊。いや全五冊のシリーズ。
 
 世界観がきっちりできているのがいいのはもちろんだが、キャラクターが生き生きとしていて、ひとりずつがとても愛おしくなる。
 はじめにタランを旅に連れ出すギディオンは、厳しいところは厳しく、それでいて非常に寛大で、多くの人に崇められ頼りにされる人物像といった位置づけに説得力を持たせている、いぶし銀的な魅力の持ち主。
 謎の生き物ガーギは臆病さと食欲がつねに胸中で葛藤をつづけている愛すべきキャラクターだし、フルダー・フラムのまことの竪琴の、いかにも魔法のアイテムらしい融通のきかなさ、そしてそれが持ち主にあまりにフィットしているありさまは、みごとと言うしかない。
 そしてなにより、口から先に生まれたような少女エイロヌイ王女である。彼女の生き生きとした「喋り」は物語に彩りを与え、いかにも女の子らしいエキセントリックさ――直感からくる真実の把握、それを周囲に理解されないときのもどかしさから来る感情の爆発、ころころと変化する気分――をそなえていて、作者はなんて「女の子」という生き物のことを理解しているのだろうとおどろかざるをえない。
 妖精族のドーリやエイディレグ王も実に妖精らしくそれでいて人間味にあふれていて、……とこの調子でほめていくといくらでもほめられそうなので割愛するが、ほんとうに、キャラクターの魅力にあふれたシリーズ。

 で、ケルト本を読みつづけた直後に読んでみると、「あっ、うまく使ってるなあ」と感心する部分が多々目につく。敵ながら天晴れ、とでも言えばよいか。
 ネタバレにならない範囲で言えば、たとえば『マビノギオン』完訳版などにも「アヌーブン」は登場するが、これはプウィル王との役割交換話になるだけで、冥府的な位置づけはされていない。ただし、いわゆる「この世」ではない「異界」であることはたしかだろう。
 また、ドンの息子たちの装身具として描写される太陽をかたどった黄金の首飾りは実際に出土しているものを参考にしたのではないかと思われる。
 妖精の王宮でのエイディレグ王の「そなたたちがつまらぬ名前で呼んでいる」という表現――人間による妖精の呼びかたへの妖精側からの感想は、よく知られた妖精族の特徴であるし、かれらの身にまとう緑や赤の衣服は妖精の衣裳の代表的な色合いである。

〈プリデイン物語〉は、いかにもアメリカで生まれた話だなあ、と感じさせられる部分があちこちにある。
 しかし「世界観を借りるうえで、基本的におさえるべき部分はおさえ、生かすべき部分は生かし、きちんと統一する」という手法によって半ば借り出され、半ば新たに創り出された世界に崇高さ、偉大さをそなえたキャラクターを配し、「単に都合よく用語を借りて異世界を作っただけ」といった安易なものからは一線を画した出来栄えになっている。

読了:2001.01.01 | 公開:2001.01.05 | 修正:2001.12.15


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