2005.01.31−10:20 約束 ―真世の王・番外編―  深夜、太子がお呼びです、と従卒に起こされた。理由は伝えられなかったが、察するのは容易だ。  ――思ったより、早かったな。  覚悟はしていたつもりだが、現実に突きつけられると、早い、とどうしても思ってしまう。心の準備がたりなかった証拠だな、とクルヤーグは苦い想いを噛み殺しながら身支度をととのえた。  来るべきものが来た。それだけだ。  衛兵はクルヤーグの顔を見ただけで一礼し、誰何もしない。領王の館は、思いのほか静かだった。  途中、家令とすれ違った以外、人影も見えない。 「ご苦労だな」  声をかけると、家令は静かに頭を下げた。 「恐れ入ります」 「殿下は?」 「お部屋においでのはずです」 「ありがとう」 「お悔やみ申し上げます」  クルヤーグは無言でうなずき、足を速めた。  いわれるまで忘れていたが、彼も遺族ということになるのだ。いかんな、とまた心の中で苦笑する。覚悟が聞いて呆れる。  親族だからこそ、深夜の来訪も不自然ではない。案内もなく歩きまわれるのも、幼い頃から勝手知ったる館の内だからだ。  目当ての扉の前に至ると、彼は声をかけた。 「わたしだ。入るぞ」  返事はない。かまわず、クルヤーグは扉を開けた。  中は暗かった。夜だから当然だが、灯火がない。自分を呼んだくらいだから、寝ているはずはないだろうと声をはりあげる。 「殿下! クルヤーグです」 「ああ、従兄弟殿。早かったな」  くぐもった声は、足下から聞こえてきた。クルヤーグはぎょっとして半歩下がり、それから気づいて扉を閉めた。 「なにをやってるんだ」 「いや、なつかしくなってね、なんとなく」  ごとんと音がして、壁が動いた。扉からそう遠くない、床近くの壁石がはずれ、黄色い光がさした。灯火を手にした青年が這い出してきたのは、それからだ。 「なんとなく」  クルヤーグは復唱すると、相手がさしだした燭台を受け取り、もう一方の手でその手をとって立ち上がらせた。 「いけないかね?」  わずかに眉を上げて問い返したのが、そのへんの悪戯小僧であれば、無論なんの問題もない。 「東方月白領王の一人息子、ソグヤム太子がなされることとしては、少々難があるかと存じますな」  膝についた埃を払っていたソグヤムは、ゆっくり身を起こした。灯火の光を受けて、いつもは明るい空色の瞳が、見慣れぬ色調に見える。 「ふむ。しかしだな、死者を悼むと、どうしても過去に想いを馳せることになる。それで、なつかしんでいたわけだよ」 「人を呼びつけておいて?」 「そうだな。たしかに礼を失した行為だが、予定では、従兄弟殿が来るより早く戻って来ているはずだったのだ。思いのほか、手間取った。わたしはあまり縦も横も育ったつもりはなかったのだが、やはり子どものころのようにはいかないな」 「当たり前です」 「当たり前か」  うなずきながら、しかし承服しがたいというように首をふり、ソグヤムはクルヤーグの手から燭台を取り戻すと、卓上に置かれたもっと大きな燭台に火を移した。10:56