特集: ハヤカワ文庫FT


非・大河シリーズ ハヤカワ文庫FTフェア

 大河シリーズ以外、なかなか書店店頭で見かけないハヤカワ文庫FTのバック・ナンバー。早川書房のサイト(ハヤカワ・オンライン)で検索し、2001年8月3日時点で版元在庫のあるもので、五作未満(上下巻は一作としてカウント)の短いシリーズものと、単発作品を並べてみました。
 それでも四十冊を超えたので、そこからさらに、単発で特集が組めそうなほど残っているタニス・リーを除き、店主が内容を記憶しており、「おもしろかったなあ」と思いだせたもののみ抜き出しました。

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妖女サイベルの呼び声640円
*妖女サイベルの呼び声書影* 主人公は、魔術師ヒールドの息子ミクの息子オガムの娘、サイベル。エルドウォルドの野からは隔絶されたエルド山の館でいにしえの書物をひもとき、忘れられた伝説にうたわれる魔法のけものたちを呼び寄せて暮らす、孤高の女性。
 その彼女の館の門を人が叩くことは稀だった。が、それは突然に訪れた。
 サイベルの母は、父オガムが彼女の意志に反して魔法で――けものを呼ぶようにして呼びよせた、ヒルトの領主の娘であった。その母の妹が産んだ子どもをサイベルに預けるため、来訪者はエルド山にあらわれたのだ。
 自分の叔母リアンナがエルドウォルドの王ドリードに嫁いだこと、ドリードとは犬猿の仲であるサール公の息子ノレルと恋仲にあったこと、それが原因で戦が起きたことなどを、サイベルははじめて知らされる。
 だが彼女の関心はそこにはなく、ただ赤子のかわいらしさ、たよりなさに心動かされ、預かることを承諾してしまう。赤子を連れてきた若者、ノレルの弟であるサールのコーレンは下界へ、戦のなかへと戻って行った。
 ――そして十二年、コーレンはふたたびサイベルの館を訪れた。彼が預けた赤子、今は少年となったタムローンを取り戻すために。
 サイベルは、下界の人間たちが織りなす運命の文様に容赦なく巻きこまれていくことになる。

 以上、FSF@nifty「本屋の片隅」草稿より

 人外の存在に近かったサイベルが、少しずつ人としての喜怒哀楽を得ていく過程がすばらしい。また、獣たちの魅力の描写はそれ自体が魔法とも言えるほど。これ系ファンタジー・ファン必読の一冊。店主イチオシ。かつて『SFマガジン』で文庫FTの特集が組まれ、「好きな一冊について語ってください」と言われたときに、わたしがピックアップしたのが本書。

星を帯びし者640円
 三部作〈イルスの竪琴〉の第一作。現在、在庫があるのはこれ一冊のみだが、少し前までは三部作の第二巻のみが在庫していたようなので、復刊の可能性はある。とりあえず第一作を押さえて、読んでみておもしろければ古書店なり図書館なりで探す、あるいは早川書房に復刊の要望を送るなど、あらゆる方策を講じて読まれたし。大規模書店であれば在庫しているところも。イラストは山岸涼子氏。

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ドラゴンになった青年420円
 ジムと彼のフィアンセであるアンジーは、ちょっぴり貧窮気味だった。アンジーは被検体のバイトでかなり古い時代の英国に消えてしまう。ジムも彼女の後を追うが、半分成功、半分失敗。彼は肉体を置き去りに精神のみを飛ばしてしまい、こともあろうにドラゴンの体内に入りこんでしまったのだ!
 著者がSF作家なので、なんとなくSFの要素を感じる部分がある。なにごとも割り切る「勘定の係」の存在や、そもそもジムとアンジーがふっとんだ方法など。大道具はまぎれもなくファンタジー。誇り高い騎士サー・ネヴィル、射手ダヴィッドやお転婆娘ダニエル、魔法使いキャロリナスなど「その時代、その文化、その規範」で行動するキャラクターたちが生き生きと描かれ、卑屈な湖沼ドラゴン、ジムの宿主であるドラゴン、ゴーバッシュのおじさん(無論ドラゴンである)や無敵の戦士である狼のアラなど、喋る動物たちも魅力的。スラップスティック・コメディ風味もあって、非常に楽しめる一冊。何回読み返したことか。カバー・イラストは萩尾望都氏。


ドラゴンの騎士(上)602円 / ドラゴンの騎士(下)602円
*ドラゴンの騎士(上)書影* 『ドラゴンになった青年』から遅れることン年、ジムのその後の冒険を描いたシリーズ続刊が刊行された。なつかしい面々に出会えるだけで嬉しい。まずは前作をお読みになることをお勧めした上で、もしお気に召したなら、こちらもどうぞ。
 新顔のアザラシ騎士もいい味を出しているが、個人的には、前作よりファンタジー臭が薄まっているように感じた。ではSFになったかといえばさにあらず。歴史小説っぽさが濃くなったのではないかと思う。
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妖魔の騎士(上)360円 / 妖魔の騎士(下)360円
 魔法使いレジークは、金属を扱うことに長けていた。彼はみずから鋳造した魔法の指輪をいくつも持っていて、それに四大(風水地火)の妖魔を封じ、しもべとなしていた。彼は織物の魔法を使う魔女デリヴェヴに求婚したが、退けられる。彼女に命を狙われるのではないかと邪推したレジークは、火の妖魔ギルドラムをデリヴェヴのもとへ向かわせた。女心を蕩かすような美貌の騎士の姿を与え、子種を持たせ、彼がデリヴェヴに対抗する魔法をもちいるあいだ、彼女がそれに気づかぬように――妊娠して魔力が弱まるように。
 レジークの計略はまんまとあたったが、彼が予測だにしなかったことがあった。デリヴェヴはレジークの求婚を退けたが、彼を滅ぼすつもりなど毛頭なかった。そして彼の忠実なしもべギルドラムが、なんとデリヴェヴに恋をしてしまったのだ――さらに、デリヴェヴは魔法使いならするだろうとレジークが思ったように堕胎などせず、子どもを産み落としてしまったのである。ふたりの強力な魔法使いの血をひいた、男の子を。
 拙作(『風の名前』『魔法の庭』)に大きな影響を与えた、妖魔を支配するというシステムを描いた作品。魔法の描写や分類も独特でおもしろいが、なにより魅力的なのは、人ではないのに人がましい感情を抱きはじめ、それを持て余す妖魔ギルドラム。愛らしい少女のほか、あるじが与えたどの姿にでも千変万化する妖魔のアイデンティティの模索と確立の過程に、主人公のそれより惹かれてしまうほど。

氷の城の乙女(上)680円 / 氷の城の乙女(下)640円
*氷の城の乙女(上)書影* これもまた、シリーズ前作からかなりの時日が経過してからの続編刊行。実は、巻末解説を書かせていただいたのはわたしである。
 主人公は前作同様、レジークとデリヴェヴのあいだに生まれたクレイ。すっかり一人前に成長した彼は、ひとりの少女の姿を見るようになった。どこに住んでいる、いったいなんという名前の少女なのか――彼女はしだいに成長し、やがて美しい乙女になる。仲間の協力を得てクレイが見出した彼女は、魂を持たない存在なのだった。
 『ドラゴンの騎士』同様、シリーズ前作を読まれてから、お気に召したならどうぞ、という感が強い。わたしの中では、ギルドラムとデリヴェヴのラヴラヴっぷりにあてられて、ほのぼのした記憶がほかを圧している……。いったいどういう読後感だ。
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ミッドナイト・ブルー720円
*ミッドナイト・ブルー書影* 彼女は狂人の扱いを受けていた。しかし、狂っているのは彼女の精神ではなく、肉体だった。もはや彼女は人ではない――吸血鬼だったのだ。人の範疇を超える筋力と反射神経をそなえ、不死に近い肉体を持ちながら、彼女は孤独だった。やはり彼女は狂っていたのかもしれない。同族の者たちが人を狩るように、彼女は狩りをした。吸血鬼を。そして彼女が殊に望んでいる獲物は、血の親、無垢でもあり無知でもあり、人であった彼女の血を吸い、嘲笑いながら路傍に落として去った強力な吸血鬼だったのだ。
 シリーズ第一作は、現代社会の暗部に潜む、時代を反映した魔物たちの姿を描いたその感覚自体がその筋の読者に受け入れられたものと思われる。この巻については、わたしもストーリーより設定をよく記憶している。
 続刊の
ゴースト・トラップ(680円)では、異様な幽霊館に潜む仇敵のもとへ乗り込む過程を描き、人間の相棒となるくたびれた中年男や、謎の少女の存在などがシリーズの側面をふくらませ、そして最終巻のフォーリング・エンジェル(680円)で、それまで闇のなかで展開してきた物語が、光とともに空に解き放たれる快感がある。最終巻の感想は、シリーズ全体の総括も兼ねている。

ブラック・ローズ680円
 女吸血鬼ソーニャ・ブルーのシリーズの番外編。ゲームのシステムに沿って描かれた物語であるため、既刊三作と微妙に矛盾する部分はあるものの、シリーズの魅力が凝縮された、濃厚な味わいがある。完成度も高く、わたしはとても気に入っている。吸血鬼に支配された街の教会でひとり苦悩する神父と彼の贖罪、なんとか生き抜いていこうとする母子。血の饗宴の描写も凄まじく、ソーニャの活躍ぶりもひときわみごと。【SF Online】にレヴューを書かせていただいた。
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タートルダヴ『精霊がいっぱい!(上)640円 / 精霊がいっぱい!(下)640円
*精霊がいっぱい!(上)書影* 科学技術のかわりに魔法技術が発展していたら。魔法の絨毯で通勤する主人公は、魔法処理場の怪事件にかかわっていく。違法な廃棄物があるのか――きっちり考証された「架空歴史もの」であり、コメディとしても秀逸。これも【SF Online】にレヴューを書かせていただいた。

ビーグル『最後のユニコーン360円
 ユニコーンは魔法の生き物らしく不死であり、常春の森に棲んでいた。彼女はあまりにも長くその地にひとりで生きていて、時とユニコーンとは互いの存在に無関心に流れ去るだけの間柄にすぎなかった。
 だがある日、その森を訪れた狩人たちの会話から、ユニコーンは自分が「最後の」ユニコーンであることを知る。ひとりで生きることはユニコーンの本質といえた。だが、世界のどこかにほかに仲間がいると知っているのと、そうではなく自分しかいないと聞かされたのとでは、孤独の質が違いすぎる。
 ほかのユニコーンたちに、いったいなにが起きたのか。
 彼女はその答を、そしてまだこの世界のどこかにいるものなら同胞の存在を求め、旅に出る。そして、赤い牡牛がすべてのユニコーンを世界の果てへと追い立てた、という謎のことばを聞く。
 旅の途上、彼女を目撃したものは、そこにいるのがユニコーンだとは気づかなかった。ただの白く美しい牝馬だと思ったのだ。
 ユニコーンの真実の姿に気づいたのは、年老いた魔女と、彼女が抱えるドジな魔術師のふたりきりだった。魔女は幻獣たちを見世物にする一座の主。彼女のまやかし、見かけを変えてみせる魔法の力で、年老いた犬はケルベロスに、小さな蛇はウロボロスへと姿を変えた。見世物を楽しむ人々の目には、かれらは伝説の生き物と映ったのだ。そして皮肉なことに、老婆の術をもってしてはじめて、ユニコーンは本来の姿を人々の瞳に映し得たのであった。
 だが、まやかしをのみ扱い得る魔女が、本物の魔法の生物を身近にとらえておくことは、その手に余ることだった……。

 以上、FSF@nifty「本屋の片隅」草稿より

 ビーグルの傑作モダン・ファンタジー。「本物」と「偽物」の対比がみごと。心と身体の連続性、非人間と人間の差異、失われゆく真実の魔法とその切なさ。


ヘイドン『ラプソディ(上)920円 / ラプソディ(下)920円
*ラプソディ(上)書影* 異世界ファンタジーで、非常におもしろく読める。ことに、ヒロインの脇をかためるふたりの異形の戦士のキャラクターがすばらしい。最近、出張版に感想を書いたばかり()なのでそちらを参照されたし。

フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す600円
 かつて『ぶ〜け』等の少女漫画誌で繊細緻密な画風の作品を発表していた漫画家・内田善美氏の作品を好きな人は、とりあえず押さえておくべき切なくも美しい作品。カバーはその内田氏。

ヨーレン『夢織り女320円
 長編も短編もそれぞれにうまいという印象のある作家、ヨーレンの、これは短編集。数冊は訳出されていたはずだが、2001年8月現在、版元で在庫があるのはこの一冊のみのようだ。かなりのクオリティなので、ヨーレンの本を読んだことがないというかたは、ぜひ。カバーは天野嘉孝氏。

伝説は永遠に 2 ―ファンタジィの殿堂―760円
*伝説は永遠に2書影* 豪華アンソロジー。マーティンのシリーズが邦訳されることを祈りつつ。詳しくは出張版の感想を。

ブルックス『妖魔をよぶ街(上)660円 / 妖魔をよぶ街(下)660円
〈ランドオーヴァー〉のシリーズで人気を博したブルックスの別シリーズ。おそるべき未来の到来を防ぐためにひとり戦う言霊の騎士の設定がおもしろい。女王との契約で力を得ている騎士だが、力を使えば使ったぶんだけ、その反動で無力になり、悪夢の未来のなかに叩きこまれる。だがその騎士も、脇役に過ぎず、強い女性たち――魔女の一族がいかに人知れず戦いぬいたかが物語の中核をなす。情け容赦のないダークさが、〈ランドオーヴァー〉とは違う雰囲気を作品に与えている。

ターナー『半熟マルカ魔剣修行!720円
 おそろしくとっつきの悪いSF。物語の最後のひっくり返り具合は、ホフマン的ファンタジーと言えるような気がする。アンドロイドが反則すれすれなほど魅力的なので、ロボット/人形趣味のある人は押さえておくべき一冊。旧幻想書棚に感想あり。

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2001.08.06 妹尾ゆふ子


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